(原題:Captain Phillips)観ている間は退屈しないが、大きなインパクトは感じない。それは、センセーショナルな事件を元にした“実録物”であることが映画の足枷になっているからだと思う。
もっとも、同じポール・グリーングラス監督作の「ユナイテッド93」も実際の事故をテーマにしているが、あれは真相がいまだに闇の中であり、いくらでも映画的に脚色することは可能だった。しかし、全貌がほぼ明らかになっている(らしい)このネタでは、盛り上げるだけのケレンを挿入する余地が少ない。そのあたりが、どうにも居心地が悪いのだ。
2009年4月、援助物資として大量の食糧を積んでケニアに向かってソマリア沖を航行していたコンテナ船マースク・アラバマ号は、突如海賊の襲撃を受ける。武装した海賊に対して為す術もなく船は占拠されてしまうが、ベテラン船長のリチャード・フィリップスはクルーを解放することと引き換えに自ら人質になり、海賊共と駆け引きを演じる。
まず、舞台が船舶内から時間を置かずに狭い救命艇に移動してしまうのが不満である。広い貨物船の中でディテールを知り尽くした船長と、行き当たりばったりのようで実は頭が切れる海賊のボスとの頭脳戦&肉弾戦をスリリングに見せてくれれば満足度は高かったろう。しかし、船長が早々に救命艇に押し込められたのは事実で、これは動かしようがない。
ならば密室劇として息苦しくなるようなハードな作劇を展開してくれるのかというと、それも不発。だいたい、米海軍特殊部隊が救出活動に乗り出した時点で“結末”はほぼ決まっているのだ。もちろん、現実には救命艇の中では船長と海賊達とのやり取りはあったはずだが、事態を大きく変えるという結果には繋がっていないため、映画的に大きなモチーフには成り得ない。
しかも、グリーングラス監督はハジケるような“外向的な”演出は得意だが、動きの少ないインドアにおける“腹芸”の描出には実績がない。ならば救出する側の軍当局の動きはどうかというと、緊張感のない展開に終始しており、あまり興味の持てるものではない。もちろん、実際はテンションを上げて任務に専心しているのだろうが、困ったことに職務をスムーズに進行させるほど、見た目は“事務的”になってしまうものだ。
それでも主役のトム・ハンクスは好演で、冒頭で必要以上の競争を強いられる若い世代の状況を憂いてみせるが、その後自分が理不尽にも“究極の生存競争”を強いられてしまうという中年男の狼狽ぶりを上手く表現していた。さらに興味深いのは海賊側の面々で、全員が演技未経験の素人だ。これがかなりのリアリティを醸し出している。さらに、生活に困ってやむなく海賊稼業に身を投じた“事情”も描かれ、一方的な勧善懲悪ドラマになっていないのは良い。
結論としては、映画として“色付け”が可能な密室での出来事を、サスペンスフルに描ける演出家の起用が望ましかったということだろう。グリーングラス監督には純然たるアクション物での登板をお願いしたいものだ。