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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「正欲」

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 観終わってみれば、共感を覚えたのは男性恐怖症の女子大生に関する箇所のみ。あとは完全に絵空事の展開で、気分を悪くした。世評は高いようだが、リアリティが希薄な案件をデッチ上げて勝手に深刻ぶっているだけの、何ともやり切れないシャシンだと個人的には思う。特に“多様性”に対する認識の浅さには脱力するしかない。

 横浜市在住の検察官の寺井啓喜は、小学生の息子が不登校になったことに悩んでいた。広島県福山市のショッピングモールで働く桐生夏月は、冴えない日々を送りつつも中学生時代に転校していった佐々木佳道が地元に戻ってきたことを知り、密かに心をときめかせる。神奈川県の大学に通う神戸八重子は、学園祭実行委員としてダイバーシティフェスを企画しており、諸橋大也率いるダンスサークルにアトラクション出演を依頼する。映画はこれら複数のパートが平行して進む。



 寺井の息子が元気を取り戻す切っ掛けになるのが動画配信であるのは良いとして、その内容はとても不登校の処方箋になるものとは思えず、しかもそれが高再生数を記録するのもあり得ない。さらに妻の由美は教育方針をめぐり夫と対立し、果ては動画指南役の若い男を家に入れる始末。夏月は極度に人付き合いが下手で、陰気な両親(祖父母?)と陰気な家で暮らしている。佳道は水しぶきを浴びることに執着する“水フェチ”で、そのため周囲と上手く折り合えないが、同じく人見知りが強い夏月とは連帯感を持っていたようだ。大也は容姿端麗ながら、誰にも心を開かない。

 その“水フェチ”というのが映画内での重要なモチーフの一つらしいのだが、そんなに水が好きならば一人で休みの日にでも水浴びしてれば良い話。もちろん地方に住んでいれば近所の目が気になるかもしれないが、転校先あるいは就職先では(犯罪行為にでも手を染めない限り)大した問題ではないはず。寺井の妻子の言動は常軌を逸しているとしか思えず、現実感はゼロ。大也のバックグラウンドも判然としない。

 唯一、八重子は過去にトラウマになるような辛い経験をした結果男性を避けるようになり、それを克服しようとしているという、平易な造形が成されている。映画の素材として相応しいのは彼女だけであり、あとは不要だ。また監督の岸善幸の腕前は大したことがなく、ヤマもオチもない作劇に終始。終盤は幾分ドラマティックな展開にしようとしているが、明らかに筋の通らない結末には呆れるしかなかった。

 稲垣吾郎に磯村勇斗、佐藤寛太、山田真歩、宇野祥平、徳永えりなど多彩なキャストを集めてはいるものの、うまく機能していない。特に夏月に扮した新垣結衣は彼女としては“新境地”なのかもしれないが、見た目および演技力と役柄がまるで合っていない。対して八重子を演じる映画初出演の東野絢香は存在感に優れ、今後も要チェックの人材だと思う。なお、朝井リョウによる原作は読んでいないし読む予定もない。だから小説版と比較しての感想は差し控えたい。悪しからず。

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