観る前は“これは石井裕也監督の持ち味に合っていない題材ではないだろうか”と思っていたら、実際作品に接してみるとその通りだったので脱力した。辺見庸による原作は読んでいないが、実際に起こった凶悪事件を扱っていることは確かで、映画化に際しては真正面から描くことは必須である。ところが、このネタを変化球主体の石井監督に任せてしまうとは、まったくもって製作側の意図が掴めない。
元有名作家の堂島洋子は、映像クリエーターである夫の昌平と慎ましく暮らしていた。彼女が選んだ新しい職場は、森の奥深くにある重度障害者施設だ。そこで彼女は同僚の陽子やを描くことが好きな青年さとくんと知り合う。やがて洋子はきーちゃんと呼ばれる入居者の一人に興味を持つ。彼は寝たきりで動かないのだが、洋子と生年月日が同じであり、親身になって気を掛けるようになる。一方、さとくんは施設の運営に対して不満を持っていたが、それかいつの間にか入居者の“存在価値”についての疑問に繋がっていく。2016年に発生した障害者施設殺傷事件を下敷きにした作品だ。
石井裕也作品は出来不出来の差が大きいが、それは彼自身のスタイルと題材とのマッチングの良し悪しによる。彼の映画作りは、まずカリカチュアライズから入る。登場人物およびシチュエーションを戯画化し、そこに時折リアリズムを少し織り込む。そのコントラストが興趣を生むのだが、リアルな事物との接点が見出せずに誇張や歪曲のみに終始してしまうと、失敗作に終わる。だが、本作はそもそも風刺化などが先行してはいけない内容なのだ。
主人公の洋子は、何と“小説のネタを探すために”施設で働くことにしたのだという。一体何の冗談かと思っていると、同僚の陽子も似たような境遇らしい。旦那の昌平はストップモーション・アニメーションの製作で世に出ようとしているらしいが、この夫婦には現実感が限りなく希薄だ。さらに彼は妻を“師匠”と呼ぶのだが、これがまたわざとらしい。
洋子は子供を亡くした経験があり、それを犯人の動機とリンクしようという魂胆らしいが、まるで噛み合っていない。昌平の勤務先の上司や、陽子の家族の扱いは過度に悪意が籠もっていて愉快になれず、もちろんこれらも事件とは関係していない。さとくんの交際相手が聴覚障害者というのも、作劇上の意味が見出せない。
こういうリアルな世界から乖離した絵空事ばかり並べ立て、終盤に取って付けたように犯行場面を提示しても、何ら観ているこちらに迫ってくるものは無い。画面造型も弱体気味で、施設の佇まいやロケーションは不必要に暗くて気が滅入る。だいたい、実際の施設はこういう強制収容所みたいな場所ではないはずだ。
主演の宮沢りえの起用も疑問符が付く。彼女は演技力がそれほどでもなく、脇役ならばOKかもしれないが主役はキツい。かといって磯村勇斗や二階堂ふみ、オダギリジョーといった他の面子が持ち味を発揮しているわけでもない。加えて144分という長尺は、観ていて疲れるだけだ。おそらくは似たようなテーマを扱っていた「PLAN 75」(2022年)がいかに良い映画だったか、改めて思い当たった次第。
元有名作家の堂島洋子は、映像クリエーターである夫の昌平と慎ましく暮らしていた。彼女が選んだ新しい職場は、森の奥深くにある重度障害者施設だ。そこで彼女は同僚の陽子やを描くことが好きな青年さとくんと知り合う。やがて洋子はきーちゃんと呼ばれる入居者の一人に興味を持つ。彼は寝たきりで動かないのだが、洋子と生年月日が同じであり、親身になって気を掛けるようになる。一方、さとくんは施設の運営に対して不満を持っていたが、それかいつの間にか入居者の“存在価値”についての疑問に繋がっていく。2016年に発生した障害者施設殺傷事件を下敷きにした作品だ。
石井裕也作品は出来不出来の差が大きいが、それは彼自身のスタイルと題材とのマッチングの良し悪しによる。彼の映画作りは、まずカリカチュアライズから入る。登場人物およびシチュエーションを戯画化し、そこに時折リアリズムを少し織り込む。そのコントラストが興趣を生むのだが、リアルな事物との接点が見出せずに誇張や歪曲のみに終始してしまうと、失敗作に終わる。だが、本作はそもそも風刺化などが先行してはいけない内容なのだ。
主人公の洋子は、何と“小説のネタを探すために”施設で働くことにしたのだという。一体何の冗談かと思っていると、同僚の陽子も似たような境遇らしい。旦那の昌平はストップモーション・アニメーションの製作で世に出ようとしているらしいが、この夫婦には現実感が限りなく希薄だ。さらに彼は妻を“師匠”と呼ぶのだが、これがまたわざとらしい。
洋子は子供を亡くした経験があり、それを犯人の動機とリンクしようという魂胆らしいが、まるで噛み合っていない。昌平の勤務先の上司や、陽子の家族の扱いは過度に悪意が籠もっていて愉快になれず、もちろんこれらも事件とは関係していない。さとくんの交際相手が聴覚障害者というのも、作劇上の意味が見出せない。
こういうリアルな世界から乖離した絵空事ばかり並べ立て、終盤に取って付けたように犯行場面を提示しても、何ら観ているこちらに迫ってくるものは無い。画面造型も弱体気味で、施設の佇まいやロケーションは不必要に暗くて気が滅入る。だいたい、実際の施設はこういう強制収容所みたいな場所ではないはずだ。
主演の宮沢りえの起用も疑問符が付く。彼女は演技力がそれほどでもなく、脇役ならばOKかもしれないが主役はキツい。かといって磯村勇斗や二階堂ふみ、オダギリジョーといった他の面子が持ち味を発揮しているわけでもない。加えて144分という長尺は、観ていて疲れるだけだ。おそらくは似たようなテーマを扱っていた「PLAN 75」(2022年)がいかに良い映画だったか、改めて思い当たった次第。