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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「アウシュヴィッツの生還者」

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 (原題:THE SURVIVOR)まことに失礼ながら、バリー・レヴィンソン監督がまだ現役であることを知らなかった。彼の作品で一番ポピュラーなのは何といってもオスカーを獲得した「レインマン」(88年)だが、実はそれ以後も寡作ながらコンスタントに映画を手掛けている。しかし、日本未公開作品やTVムービーが続き、どちらかというと忘れられた存在だったことは否めない。その意味で、今回久々に彼の仕事ぶりを確認できただけでも有り難いと言える。

 ナチスドイツの強制収容所アウシュヴィッツから生還したハリーは、戦後アメリカでボクサーとして活動していた。決して好成績は残せていないが、戦時中に生き別れた恋人レアにいつの日か自身の存在を知らせることが出来ると信じて、彼はリングに立ち続けている。だが、レアが見つかることはなく、やがてハリーは何かと世話を焼いてくれたミリアムと恋仲になる。それから十数年の歳月が流れたある日、彼は思わぬ知らせを受け取る。アウシュヴィッツから奇跡的に逃れたハリー・ハフトの半生を題材に、その息子アラン・スコット・ハフトが書き上げた実録小説の映画化だ。



 冒頭、思い詰めた表情で浜辺に一人立ち尽くす中年に達したハリーの姿を映し出した後、映画は戦後すぐの彼の試合のシーン、そしてボクサーとしてのスキルを不本意ながらも会得することになった収容所での地獄のような体験などを、手際の良い時制配分によって描き出す。そして終盤には最初の場面に戻り、映画全体を大河ドラマ風に締めくくる。このスムーズな作劇は、さすがベテランのレヴィンソン監督らしい。

 ところが、皮肉なことにその職人的な手腕が実話であるこのネタのインパクトを薄める結果になったことも確かだ。つまりは、あまりにも“出来すぎている”のである。特にラストの処理など、高視聴率の連続TVドラマの最終回のような御膳立てだ。多少不器用でも良いから、血の通った熱いメッセージを伝えて欲しかった。

 主演のベン・フォスターは肉体改造も厭わないほど気合いが入っているが、残念ながらボクシングシーンはあまり盛り上がらない。同様のアプローチで臨んだロバート・デニーロを起用したマーティン・スコセッシ監督「レイジング・ブル」(80年)とはかなりの差だ。また、悲惨であるはずの強制収容所の描写も、真にこちらのハートを震撼させるレベルには至っていない。

 ヴィッキー・クリープスにビリー・マグヌッセン、ピーター・サースガード、ダル・ズーゾフスキー、ジョン・レグイザモ、ダニー・デヴィートなどの脇の面子は堅実な仕事ぶりだが、やっぱりテレビ的で物足りない。2021製作の映画だが、賞レースに絡んでいないのも何となく事情が推察されるようだ。

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