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「SLAP HAPPY」

 96年作品。前項「オレンジ・ランプ」の監督である三原光尋は、他にも「風の王国」(92年)や「真夏のビタミン」(93年)などのハートウォーミングな作品を中心に手掛けているが、過去には本作のような胸くそが悪くなるようなシャシンも撮っている。もっとも三原監督はホラー映画の演出も何回か担当しているので、決して心温まるヒューマンドラマ一辺倒の作家ではないのだが、それでもこの映画の根の暗さは異質だ。その意味では興味深い。

 主人公の正男は親元から離れ、昼は予備校に通い、夜はコンビニでバイトしている二浪生。絵に描いたような“陰キャ”で、親しい友人はおらず、次回の受験に成功する見通しも全くない。店ではイヤミな客に暴力を振るわれ、電車の中では痴漢と間違われ、安アパートの一室に帰れば隣のフィリピン人女性の部屋から聞こえる喘ぎ声に悩まされるという、日々これ不愉快な出来事の連続だ。そんな中、正男は店の常連である若い女にほのかな恋心を抱くのだが、彼にはさらなる逆境が待っていた。

 とにかく、一点の救いも無く主人公を追い込んでいく作者の外道ぶりには、呆れつつも感心してしまう。もっとも、正男自身も不幸を呼び込んでしまうような冴えないキャラクターではあるのだが、それでもこの容赦のなさは突出している。ひょっとしたら正男の日常が少しでも明るくなるのではないかというモチーフは散りばめられているが、そのすべてが暗転して裏切られる。

 さらに終盤にはトドメの一発とも言うべき悪意に満ちたハプニングが用意されており、ここまで振り切ってしまうのはアッパレだ。この映画はヨソから持ち込まれた企画ではなく、脚本はもちろん原案も三原自身だ。彼としてはブラックな部分を思いっきり吐き出してしまったという感じだろうが、表現者の持つ二面性が垣間見えて興味深い。

 主演は劇団“南河内万歳一座”の前田晃男だが、実に暗そうで作品のカラーにピッタリだ(笑)。山下さとみに桂雀三郎、前田一知、水谷純子、木下政治、前川優香、田中孝弥など、演劇畑と思われる面々は馴染みは無いが、全員が後ろ向きのオーラ全開でイイ味を出している。三原は本作で96年おおさか映画祭新人監督賞を獲得。劇場映画デビューを果たすきっかけとなった作品だ。
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