(原題:ALICE IN DEN STADTEN)74年西ドイツ作品。日本公開は88年。ヴィム・ヴェンダース監督の初期作品で、以後「まわり道」(75年)「さすらい」(76年)と続く、同監督による“ロードムービー3部作”の第1作だ。90年代以降のヴェンダースは精彩が無いが、この映画を撮っていた時期は感性が研ぎ澄まされていたようで、映像表現やキャストの動かし方は並外れており、鑑賞後の満足度は高い。
旅行記を書くためアメリカに滞在していたドイツ人青年フィリップは、旅愁や旅情といったものに縁が無い平板なアメリカの風景に失望し、大した成果もあげられないまま帰国を決める。ところが空港で思わぬ足止めを食らい、おまけにそこで知り合った同じくドイツに帰国予定だという女性リザは9歳の娘アリスの世話を彼に押し付けて、自分は行方をくらましてしまう。仕方なくフィリップはアリスと一緒にドイツに飛ぶが、アリスからアムステルダムに祖母がいると聞き出し、おぼろげな彼女の記憶だけを頼りに旅を続ける。
平たく言えば、これは主人公フィリップの成長物語だ。それまで彼は一人で執筆活動を続けてきた。だから、たぶん彼の書くものは主観的ではあるが一面的であり、アメリカを旅しても何ら強い印象を受けなかったのは、彼自身の洞察力や審美眼が未熟だったためだろう。そんな彼がアリスという今まで付き合ったことのない存在と対峙することになり、多面的な物の見方をせざるを得なくなる。
何しろ、アリスの立場で考えなければ彼は祖母の元に連れて行くことも出来ないのだ。そのプロセスを、作者は説明的で過度なセリフを廃して登場人物の佇まいと映像描写によって伝えようとする。フィリップ役のリュディガー・フォーグラーは存在感があり、少しずつ内面が変わっていく青年像を的確に演じていた。彼はそれからヴェンダース監督とたびたびコンビを組むようになる。
アリス役のイエラ・ロットレンダーは実に達者な子役で、フィリップよりも旅慣れていて、しかも“大人”であるヒロインを体現化している。そしてロビー・ミュラーのカメラによるモノクロ映像の美しさは目に染みた。まさに都会がアリスの視点から捉えられたワンダーランドのように展開する。
関係ないが、同時期にアメリカで作られたピーター・ボグダノヴィッチ監督の「ペーパー・ムーン」と似たような設定とエクステリアながら、感銘度はこちらの方がずっと上だ。また、音楽を担当しているのがドイツの先鋭的ロックグループのCANで、効果的なスコアを提供している。