(原題:EVERYTHING EVERYWHERE ALL AT ONCE )私は本作をアカデミー授賞式よりも前に観たのだが、鑑賞後は間違いなく大賞を獲得すると思った。そして実際は作品賞だけではなく計7冠を達成し、まさに完勝。言い換えれば、もしもこの映画が無冠に終わるならばハリウッドも行き詰ったと結論付けても良いほどだ。とにかく、今年度のアメリカ映画を代表する快作である。
ロスアンジェルスの下町で破産寸前のコインランドリーを経営する中年女性エヴリン・ワンは、優しいが甲斐性無しの夫ウェイモンドと反抗期の娘ジョイ、そしてボケているくせに頑固な父親の面倒も見なければならず、疲れ果てた毎日を送っていた。確定申告のために税務署に赴いた際、突然ウェイモンドが人が変わったように意味不明なことを口走る。
夫の身体に宿っているのは別の世界のウェイモンドであり、全宇宙の覇権を狙う悪の首魁ジョブ・トゥパキの脅威がこの世界にも迫っていて、そいつと戦えるのはエヴリンだけなのだという。そしてワケの分からないうちに別次元からの刺客に襲われた彼女は、マルチバース(平行宇宙)の力を借りて奇想天外なバトルに身を投じる。
SFファンタジーの体裁でありながら、基本線は家庭劇である。そして社会派ドラマのテイストも取り入れている。つまりは“ファンタジーだから筋書きはどうでも良い”といった恥ずべき展開には決してならず、土台がしっかりしているからイレギュラーな意匠が活きるという、作劇面では王道を歩んでいるのだ。
そして、マルチバースの取り扱いが絶妙。昨今マーベルなどのアメコミ勢力がこのネタを採用しているが、今のところ何とか成功しているのは「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」(2021年)だけである。対して本作は、主人公がマルチバースに飛び込むのではなく、逆にヒロインがマルチバースから能力を引っ張ってくるという設定が秀逸で、これならばリアルな世界に軸足を置いたままいくらでも無茶が出来る。
ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナートの演出はテンポが良すぎて、矢継ぎ早にギャグとアクションを繰り出してくる。ただし、それが“意味不明で面白くない”という評が目立つ原因にもなっているのだが、いくら目まぐるしい画面展開であろうとも、ベースは良く出来たホームドラマなのだからその時点で“脱落”してしまうのは損だ。
ジョブ・トゥパキとは何者なのか、それがエヴリンとどう関係してくるのか、このカラクリが明らかになってくる後半のストーリーと、それが現実世界に少なからぬ影響を及ぼしてくるという処理には、ただただ感心するしかない。本作でアジア系俳優として初めてオスカーの主演女優賞に輝いたミシェル・ヨーや、ウェイモンド役のキー・ホイ・クァン、ジョイに扮するステファニー・スーらの活躍を見ていると、ハリウッド自体が新たな“マルチバース”に移行しつつあることを認識できる。
他のキャストでは税務署職員を演じるジェイミー・リー・カーティスが強烈。両親が有名スターであり早くから注目を集めた彼女だが、「トゥルーライズ」(94年)を除けば演技面では大きなアワードには縁が無かった。それがようやく評価されたことは喜びもひとしおだろう。
ロスアンジェルスの下町で破産寸前のコインランドリーを経営する中年女性エヴリン・ワンは、優しいが甲斐性無しの夫ウェイモンドと反抗期の娘ジョイ、そしてボケているくせに頑固な父親の面倒も見なければならず、疲れ果てた毎日を送っていた。確定申告のために税務署に赴いた際、突然ウェイモンドが人が変わったように意味不明なことを口走る。
夫の身体に宿っているのは別の世界のウェイモンドであり、全宇宙の覇権を狙う悪の首魁ジョブ・トゥパキの脅威がこの世界にも迫っていて、そいつと戦えるのはエヴリンだけなのだという。そしてワケの分からないうちに別次元からの刺客に襲われた彼女は、マルチバース(平行宇宙)の力を借りて奇想天外なバトルに身を投じる。
SFファンタジーの体裁でありながら、基本線は家庭劇である。そして社会派ドラマのテイストも取り入れている。つまりは“ファンタジーだから筋書きはどうでも良い”といった恥ずべき展開には決してならず、土台がしっかりしているからイレギュラーな意匠が活きるという、作劇面では王道を歩んでいるのだ。
そして、マルチバースの取り扱いが絶妙。昨今マーベルなどのアメコミ勢力がこのネタを採用しているが、今のところ何とか成功しているのは「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」(2021年)だけである。対して本作は、主人公がマルチバースに飛び込むのではなく、逆にヒロインがマルチバースから能力を引っ張ってくるという設定が秀逸で、これならばリアルな世界に軸足を置いたままいくらでも無茶が出来る。
ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナートの演出はテンポが良すぎて、矢継ぎ早にギャグとアクションを繰り出してくる。ただし、それが“意味不明で面白くない”という評が目立つ原因にもなっているのだが、いくら目まぐるしい画面展開であろうとも、ベースは良く出来たホームドラマなのだからその時点で“脱落”してしまうのは損だ。
ジョブ・トゥパキとは何者なのか、それがエヴリンとどう関係してくるのか、このカラクリが明らかになってくる後半のストーリーと、それが現実世界に少なからぬ影響を及ぼしてくるという処理には、ただただ感心するしかない。本作でアジア系俳優として初めてオスカーの主演女優賞に輝いたミシェル・ヨーや、ウェイモンド役のキー・ホイ・クァン、ジョイに扮するステファニー・スーらの活躍を見ていると、ハリウッド自体が新たな“マルチバース”に移行しつつあることを認識できる。
他のキャストでは税務署職員を演じるジェイミー・リー・カーティスが強烈。両親が有名スターであり早くから注目を集めた彼女だが、「トゥルーライズ」(94年)を除けば演技面では大きなアワードには縁が無かった。それがようやく評価されたことは喜びもひとしおだろう。