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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「すべてうまくいきますように」

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 (原題:TOUT S'EST BIEN PASSE )作劇に突っ込みどころがあることを承知の上で、作者は覚悟を持ってこの物語を粛々と綴っていく、その思い切りの良さに感服した。各個人が抱える事情というものは、必ずしも厳格な因果律で割り切れるものではないのだ。不条理とも思える筋立てにより、自らの身の処し方を決定することもある。そのことを改めて認識した。

 小説家のエマニュエルは、85歳の父アンドレが脳卒中で倒れたとの知らせを受け、妹のパスカルと共に病院に駆けつける。アンドレは半身不随になっており、その現実を受け入れられず尊厳死を望んでいる。彼は娘に人生を終わらせるのを手伝ってほしいと頼むが、リハビリの甲斐もあって少なくとも寝たきりの生活は避けられる公算は大きい。それでもアンドレの決意は固く、エマニュエルはあまり気が進まないまま合法的な安楽死を支援するスイスの協会とコンタクトを取る。脚本家エマニュエル・ベルンエイムによる自伝的小説の映画化だ。



 常識的に考えれば、アンドレがあえてこの世から退場する理由は無い。経済的には困っておらず、娘も孫もいて孤独ではない。身体の自由が十分に利かなくなっても、残りの人生は全うする価値はある。しかし、それは“外野の意見”に過ぎないのだ。当人にとって、身体が万全に動かせない状態は“自分ではない”のである。特に娘たちに世話をかけることは、本意ではない。

 さらには、アンドレが妻と別れる切っ掛けとなったジェンダーにおける問題や、エマニュエルの家庭の事情もアンドレの決断に少なからぬ影響を与えていることも暗示され、通り一遍の“前向きに生きよう”というポジティヴなスローガンの連呼は巧妙に捨象されている。もっとも、娘たちの懊悩が詳細に描き込まれていないことや、くだんの安楽死協会の実態もよく分からないなどの欠点はある。

 だが、それらを網羅すると上映時間が無駄に長くなる恐れもあり、観客の想像に任せてしまうだけの裁量を評価すべきだろう。フランソワ・オゾンの演出は通俗的な“お涙頂戴路線”から大きく距離を取りクールなタッチでドラマを進めていくが、それが却って主人公の決然とした思いを浮き彫りにする。特にラストの処置など、潔いほどだ。

 アンドレに扮するアンドレ・デュソリエの演技には感服するしかなく、本当に病人にしか見えない。エマニュエル役のソフィー・マルソーはオゾン監督の肝入りのキャスティングらしいが、若い頃とは違う深い魅力を振りまいている。しかも、体型がアイドル時代(?)と大して変わらないのもエラい。そして彼女の母親役にシャーロット・ランプリングが控えているのだから、フランス映画好きにとっては堪えられない。ジェラルディン・ペラスにエリック・カラバカ、ハンナ・シグラなど、その他の配役も確かだ。イシャーム・アラウィエのカメラによる清涼な映像、バックに流れるブラームスのピアノソナタ第三番が美しさの限りだ。

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