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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「PLAN 75」

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 本年度の日本映画を代表する問題作だ。奇を衒った題材のように見えて、普遍性の高いアプローチが成され、かなり説得力がある。我々を取り巻く社会的な病理を容赦なく描出し、暗鬱な行く手を指し示すと共に、わずかながらの“処方箋”をも用意する。このテイストは万人に受け入れられるものではないが、テーマの扱い方としては文句の付けようが無い。第75回カンヌ国際映画祭での好評も十分うなずける。

 少子高齢化対策として、75歳以上の者に“死ぬ権利”が法的に与えられるようになった近未来の日本。夫と死別して一人で暮らす78歳の角谷ミチは、ホテルの客室清掃員の仕事を高齢を理由に解雇されてしまう。新しい職は見つからず、住む場所も失いそうになった彼女は、この老人対象の安楽死制度である“プラン75”を申請することを決める。一方、役所の“プラン75”の窓口担当者である岡部ヒロムは、申し込みに来た男が長い間音信不通だった叔父の幸夫であったことに驚く。



 国家権力による人命収奪を描いたディストピア映画としては、過去にリチャード・フライシャー監督の「ソイレント・グリーン」(73年)や瀧本智行監督の「イキガミ」(2008年)などがあるが、本作の深刻度はそれらの比ではない。とにかく、舞台設定のリアリティが際立っている。

 冒頭、老人養護施設での大量殺人事件が映し出されるが、これは“プラン75”成立の要因の一つとして扱われる。かなり図式的な御膳立てのように思えるが、これが思いの外効果的なのは、現実を照射しているからである。本作での少子高齢化対策は名ばかりで、内実は排他的な優生思想だ。生産性のない老人(及びハンデを持つ者たち)は生きる価値は無いので世の中から退場してほしいという、身も蓋もない欲求が国家のお墨付きを得て大手を振って罷り通るこの映画の構図は、いつ現実化してもおかしくはない。

 国民の分断化が進み、皆が“今だけ金だけ自分だけ”というだらしのないエゴイズムに走り、他人のことや世の中のことをまったく顧みない。それどころか、的外れな自己責任万能主義が持て囃される始末。おそらく、この“プラン75”の法案が実際に提出されれば、賛同する国民は大勢いるだろう。

 映画はミチとヒロム、そしてミチの相手をするコールセンタースタッフの瑶子、フィリピンから出稼ぎに来ているマリアという、4人のパーソナリティを並行して描くが、終盤を除いて互いにエピソードが交わることは無い。だが、それぞれのフェーズで彼らが直面する問題を通し、多角的に真相を切り取ることにおいては大いに成果を上げている。

 本来は希望者のみに適用される“プラン75”は、いつの間にか強制的なものになり、さらには基準年齢の引き下げまで取り沙汰されるようになる。“プラン75”に付随する関連業務は早々に“民営化”され、在日外国人などの労働者が搾取されるシステムが出来上がる。いずれも現実のトレンドを反映しているようで、迫真性が際立っている。

 これが長編デビュー作となる早川千絵の演出は、外連味を極力抑えた正攻法のもの。素材がセンセーショナルなものだけに、この姿勢はうれしい。ミチに倍賞千恵子が扮しているのは感慨深く、刻まれた皺も隠さずに堂々とした演技を見せている。磯村勇斗にステファニー・アリアン、大方斐紗子、串田和美といった脇の面子も万全。ただし瑶子役の河合優実はイマイチで、大して実力もないのに仕事が次々に入るのは解せない。浦田秀穂の撮影とレミ・ブバルの音楽も及第点だ。

 ラストの扱いは賛否両論あるだろうが、事態を絶望視していない作者の良心の発露と受け取りたい。幅広い層に観てもらいたい作品だ。

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