第157回直木賞(2017年)受賞作だが、有名アワードを獲得した作品が必ずしも優れているとは限らない。とはいえ作者は実績のある佐藤正午なので、そんなに下手な小説ではないだろうと思って手に取ってみたのだが、その予想は見事に外れた。これはつまらない。すべてにおいて微温的で、何も読み手に迫ってくるものが無い。正直、読んで損した気分だ。
大手ゼネコン社員の正木竜之介の妻である瑠璃は、近頃の夫の無軌道ぶりに愛想をつかし、レンタルビデオ店でバイトをする大学生の三角哲彦と浮気してしまう。ある時、瑠璃は夫の会社の先輩が“ちょっと死んでみる”というライトな遺書を残して自ら命を絶ったことを知る。彼女はこの一件を通じて“ちょっと死んで”みたら別人に生まれ変わり、改めて哲彦の前に現れることが出来ると勝手に合点してしまう。その一週間後、瑠璃は地下鉄に飛び込んで自殺。哲彦はショックを受けると共に、いつか瑠璃とまた会えるという根拠のない予感がするのだった。
ファンタジー系作品のジャンルの一つである“生まれ変わり”をネタにしているが、この構図が成立するためには、当事者側に“生まれ変わりを希求する切迫した動機”があることが必須である。しかし、本作にはそんなものは無い。確かに瑠璃の思い込みは強かったと思われるが、それはあくまで彼女の勝手な妄想だ。
ならばその妄想が無限に膨らんで取り返しの付かない事態に発展するという、ホラー仕立てにすれば何とか体裁を整えられたかもしれない。だが、この小説にはそういう思い切った外連味は見当たらない。ヒロインは何となく死んで、何となく生まれ変わったり、何となく他の者に憑依したり、そんなことを何となく繰り返す。彼女と関わる男たちは、これまた何となく困惑してみせるだけで、激しい葛藤も深い苦悩も無しだ。
このような弛緩したやり取りが続いて、物語は何となく終わる。当然のことながら、魅力がある登場人物なんて、一人も出てこない。しかるに読後感も漠然としたもので、時間と手間を無駄にした空しさだけが残る。なお、今年(2022年)廣木隆一監督による実写映画化作品が封切られるが、私は観る気はない。