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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「スティルウォーター」

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 (原題:STILLWATER)身内の者が事件に巻き込まれて主人公はそれを助けるべく奮闘するという、設定はよくあるサスペンス物ながら、本作は一筋縄ではいかない構造を持つ。幕切れのカタルシスは希薄ながら、観る者に内容に関してあれこれ考察するモチーフを与えてくれる。実にクレバーな作りで、観た後の満足感は大きい。

 オクラホマ州スティルウォーターに住む中年男ビル・ベイカーは、仏マルセイユに赴くことになった。そこに留学していた娘のアリソンが、友人を殺害した罪で収監されていたのだ。娘の無実を信じるビルだったが、弁護士も捜査当局もアリソンの有罪を確信している。ましてや言葉も通じない異国の地であり、彼の奮闘は空振りに終わると思われた。だが、偶然知り合ったシングルマザーのヴィルジニーと幼い娘マヤの助力を得て、ジムはそのままマルセイユに滞在して事の真相を暴こうとする。



 スティルウォーターの街は竜巻の被害でほぼ壊滅し、建設会社に勤めていたビルはその後片付けに追われていた。経済的に恵まれない中西部の住民で、彼の妻は理不尽にも世を去っているが、それでも強いアメリカの底力を信じている。彼には前科があって一時的に公民権を停止されているものの、投票権があるならば先の大統領選で躊躇無くトランプに一票を投じていたであろう。

 そんな彼が、フランスという全く違う環境に放り込まれるとどうなるのか。映画は彼の姿を通して、国際社会における個人の立ち位置を考察する。ジムは異郷にあっても、アメリカンな(?)マッチョイズムを押し通す。フランス語を覚えることに積極的ではないし、娘は徹頭徹尾イノセントだと断定し、反対意見を受け付けない。目的のためには手段を選ばず、そうすることに悪びれることも無い。

 その態度は彼の地では通用しないことはもちろんだが、実は故郷にいる時もそうだったのだ。彼の母や、周りの人間はそれに気付いていて、知らぬは本人だけ。その頑迷なアメリカ第一主義が、この事件で大いに揺らいでいく様が容赦なく描かれている。終盤ではジムは娘の隠された面をも見せつけられるのだが、言い換えればそこまでしないと価値観は変えられないのだ。終盤の主人公の独白は、そのことを痛いほど思い知らされる。

 トム・マッカーシーの演出は「スポットライト 世紀のスクープ」(2015年)の頃より円熟しており、ドラマを味わい深いものにしている。主演のマット・デイモンは、彼が過去に演じた武闘派の人物たちのパロディのような役どころを上手くこなしている。アリソンに扮したアビゲイル・ブレスリンは、相変わらずルックスには難があるが演技は達者だ。ヴィルジニー役のカミーユ・コッタンの柔らかな雰囲気と、マヤを演じるリロウ・シアウヴァウドの利発ぶりも印象的。高柳雅暢による撮影とマイケル・ダナの音楽も及第点だ。

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