(原題:MOXIE )2021年3月よりNetflixより配信。序盤は明朗だが軽量級の学園ドラマという印象。しかし、ドラマが進むとかなりシビアな問題を提起をしてくる。観た後には考えさせられる点もあり、印象は決して悪くない。とにかく、理不尽なことに対しては当事者が声をあげなければ何も変わらないという真理を、改めて確認出来る。
ロスアンジェルスの郊外に住むヴィヴィアンは内気な女子高生。父親が去った後の母の奔放な言動や、体育会系の男子生徒たちがデカい顔をしている学内の雰囲気に閉口しながらも、幼なじみのクラウディアと共に地味な学校生活を送っていた。だが、転校してきたルーシーの存在はヴィヴィアンに少なからぬ影響を与える。ルーシーは校内のボス的存在であるアメフト部の主将ミッチェルから嫌がらせを受けても、まったく怯まない。
賛同者を増やしていくルーシーの頼もしさに触発され、ヴィヴィアンは校内の性差別など告発した小冊子“モキシー”を匿名で作成して配布する。これが大反響を呼び、ミッチェルが無投票選出されるはずだった学内のスポーツヒーローのコンテストに、女子サッカー部のキャプテンが対立候補として出馬するまでになる。だが、学校当局はこの動きに不快感を示していた。ジャニファー・マチューの同名小説の映画化だ。
リベラルで明るい雰囲気があるアメリカのキャンパス・ライフが、かくも閉鎖的で差別的であることに驚かされる。もちろん、多少のデフォルメはあるのだろうが、その有り様には気分が悪くなってくる。そんな状況にヴィヴィアンやルーシーは異議を唱えるのだが、面白いのはその行動が決して最初から妥当なものとして描かれないことだ。単に“粋がっている”ようにしか見えず、現実の壁に容易くはじき飛ばされてしまう。
彼女たちは初めて自らの“甘さ”を悟り、仕切り直しで作戦を考えて実行していくのだが、それによって“成長”していくあたりが、観ていて気持ちが良い。終盤は急展開し、明らかな犯罪がおこなわれていたことが明るみに出て、この学園の虚飾が剥がされるような案配になる。
エイミー・ポーラーの演出は殊更上手いとも思わないが、ドラマが破綻しないように最後まで保たせている。ヴィヴィアン役のハドリー・ロビンソンは残念ながら大して可愛くないのだが(笑)、演技は達者だ。ローレン・サイにアリシア・パスクアル=ぺーニャ、ニコ・ヒラガといった脇の面子もキャラが立っている。ミッチェルに扮したパトリック・シュワルツェネッガーは、父親アーノルドとは違って“悪役も出来る二枚目”という路線で今後はやっていけそうだ。エイミー・ポーラーにマーシャ・ゲイ・ハーデンといったベテラン女優も、クセの強さを前面に出している。