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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「すくってごらん」

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 まさか、ミュージカル映画だとは思っていなかった(笑)。しかしながら、楽しめる作品だ。正直言ってストーリーはいい加減で、ラストも尻切れトンボ状態。そもそも、題材になっているはずの金魚すくいの扱いもなおざりである。それでも、ミュージカルという御膳立てを採用すればすべて笑って許してしまえるのだから不思議だ。

 大手銀行の東京本店に勤務していたエリート行員の香芝誠は、怒りのあまり上司を罵倒した結果、奈良県の田舎町の営業所に左遷されてしまう。捨て鉢な気持ちを抱えたまま赴任した誠だが、下宿先(一応、名目は社員寮 ^^;)である金魚すくいの店の娘の吉乃と出会い、一目惚れしてしまう。金魚が特産物であるこの町では、金魚すくいは“大人のたしなみ”として認知されていた。



 さっそく彼女の手ほどきで金魚すくいを始めた誠だが、実は吉乃はあることが切っ掛けで人前にはあまり出ず、得意のピアノも人に聴かせる機会も無いことを知る。彼女のために誠は一肌脱ぐことを決心し、夏祭りの日に“大勝負”に挑むことになる。大谷紀子による同名コミックの映画化だ。

 冒頭、地方に飛ばされて失意の誠が“心の声”を歌にして表現する場面で呆気にとられ、その後も楽曲が次々に繰り出されるに及び、ああこれは“そういう設定”のシャシンなのだと合点した。考えてみれば、人気漫画の中身を“そのまま”映画化しようとしても、原作のファンは納得しないケースが多々あるし、元ネタがやたら長ければ消化不良に陥る。思い切って独自の方法論を仕掛けてみるのも面白い。

 誠のキャラクターが最高で、自暴自棄になりそうなところを必死になって的外れなエリート意識により持ち応えようとするあたりは笑える。田舎町の住人たちに“本店仕込み”の場違いな経営改革論をブチあげるのもケッ作だ。それでも、彼のそんなオフビートな真面目さが次第に周囲を巻き込んでいくプロセスはけっこうよく描けている。



 本当は吉乃の屈託なんて大したことはなく、夏祭りのシーンも筋書きとしては盛り上がらない。それでも、登場人物たちが楽しく歌いまくるのを観ていると“これで良いじゃないか”という気持ちになってくるから面白い。監督の真壁幸紀は、映像処理に非凡なものを見せる。キッチュだが独特のセンスを持った大道具・小道具。舞台になった大和郡山市のレトロな街並みと、凝った映像ギミックが絶妙の調和を見せる。さらには(金魚らしく)魚眼レンズを用いたショットがあったり、1時間半の短い尺にも関わらず“休憩”を挿入したりと、まさにやりたい放題だ。

 主演の尾上松也は快調で、思い込みの激しいサラリーマンを賑々しく演じる。そして意外と歌が上手いのにも驚いた。吉乃役の百田夏菜子がピアノを弾きまくったり、ライブハウス店員に扮した石田ニコルが当たり前のようにギターの弾き語りを披露するのにもびっくりだ。柿澤勇人に矢崎広、大窪人衛といった脇の面子も申し分ない。そして鈴木大輔による音楽が最高で、今年度の邦画を代表するスコアになることは間違いない。

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