(原題:OFFICIAL SECRETS)実話とのことだが、本当にセンセーショナルな題材だ。この事件が起こったこと自体、驚きでしかない。さらに映画は国家と個人の関係性や、組織の内部規制と公共の福祉との相克、果ては欧米を揺るがす難民問題に至るまで、重大なモチーフを次々と繰り出してくる。観終わった後の満足感は決して小さくはない。
2003年、イギリスの諜報機関GCHQ(政府通信本部)で通信傍受と翻訳の業務に就いていたキャサリン・ガンは、ある日アメリカのNSA(国家安全保障局)からの、国連安保理に関するメールを受け取る。内容は、イラク攻撃を正当化するため安保理の参加国に対して“裏工作”を仕掛けるというものだ。
このメールに驚き義憤に駆られたキャサリンは、情報をリベラル活動家にリーク。そして内容が英国オブザーバー紙に掲載される。その記事はセンセーションを巻き起こし犯人探しが始まるが、キャサリンは自ら名乗り出て、そのまま公務秘密法違反で逮捕されてしまう。やがて彼女の起訴が決まるが、キャサリン側は名うての弁護士であるベン・エマーソンに仕事を依頼する。実際に起きた告発事件の映画化だ。
普通、個人情報などを扱う職場では、従業員は秘密順守の誓約書にサインさせられる。これは当然のことだ。しかし、偶然に多くの人命に関わる重大な情報を入手した場合、組織内の規定に則ってそれを秘匿すべきか、あるいは正当なコンプライアンスを遵守してリークも辞さない思い切った手段を取るか、それは大きな問題だ。もちろん、道義的には後者を選択しなければならない。だが、前者を選んでも誰も非難しない。粛々と業務をこなしているだけなのだから、それは“正常運転”だ。
しかし、キャサリンはあえて情報を公開することに踏み切った。面白いのは、彼女はリークした後も自身の判断が正しかったのかどうか苦悩する点だ。彼女は正義感を振りかざして大胆な行動も厭わない“確信犯”ではなく、ただの従業員なのである。このあたりの、等身大のキャラクター設定は納得出来るものがある。また、キャサリンの夫は元難民であり、当局側が強制送還をチラつかせてもみ消しを謀るあたりもリアルだ。
実際には彼女の奮闘及ばず、アメリカは国連安保理の決議を待たずにイラク戦争に突入。ところが最終破壊兵器は見つからず、甚大な被害を残しただけだった。とはいえ、キャサリンとオブザーバー紙のスタンスは、正しい認識に従って行動する者は確実に存在することが浮き彫りになり、頼もしい気分になる。
ギャヴィン・フッドの演出は骨太で、ドラマを弛緩させない。主役のキーラ・ナイトレイはさすがの演技力。マット・スミスやマシュー・グード、レイフ・ファインズなど脇のキャストも手厚い。国際情勢に関心のある向きは必見の映画だと言える。