Quantcast
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2482

「映画 聲の形」

 2016年作品。公開当時は高く評価されたアニメーション映画だが、私は設定自体に納得出来ず観る気が起こらなかった。今回テレビ画面で接してみたのだが、やっぱり要領を得ない部分が多い。だが、主人公の造型には非凡なものを感じる。その意味では観て損は無い。また独特の色遣いも実に印象的だ。

 とある地方都市(“ロケ地”は岐阜県大垣市である)に住む小学6年生の石田将也は、仲間の一旗や啓祐と一緒に悪さばかりしていた。ある日、将也たちのクラスに西宮硝子という転校生がやってくる。硝子は耳が聞こえなかった。将也をはじめとする周りの連中は興味本位に彼女に近付くが、やがてイジメに繋がる。

Image may be NSFW.
Clik here to view.


 将也は先頭になって硝子をイジメているうち、そのあまりの非道さにクラスの者たちから煙たがられるようになってしまう。そして硝子が学校を去った後は、今度は将也がイジメのターゲットになり、彼は精神的なダメージを受ける。それから5年、心を閉ざしたまま高校生になった将也は自殺を考えるまでに追い詰められていた。だが、一方で硝子に謝罪しなければならないと考えていた彼は、独学で手話を学びながら硝子を捜し、ついに彼女と再会を果たす。

 ハンデを持つ子供が普通の小学校に転入し、他の者と同じ授業を受けるという設定からして無理がある。学校側も特段配慮はしていないようだし、これは一種の“虐待”ではないのか。そして、将也以外のキャラクターは(高校入学後に友人になる永束を除けば)中身が無い。原作の(大今良時による)コミックは全七巻と、そんなに短くはないので映画化する際に抜け落ちている点も多々あると思うのだが、それにしても出てくる連中には現実感が希薄だ。

 何しろ、ヒロインの硝子からして過去に自分をイジメていた将也に対して無条件に好意を示す始末。硝子の造型は人間味が感じられず、人形のようだ。ラスト近くの行動も意味不明である。ただし、将也に関しては共感するところが大きい。

 率直に言ってイジメっ子が自身の行いを悔いて苦悩するという殊勝なことは、あまり考えられないのだが、将也は違う。また、そのことが説得力を持つような工夫がある。彼には、他のクラスメートの顔が見えないのだ。将也の視野では、他の者の顔には大きなバッテンが貼り付けられ、表情さえ読み取れない。人間不信のメタファーとしての表現だが、これはかなり強烈だ。それでも、彼が気を許したわずかな者だけが、顔のバッテンが剥がれ落ちてゆく。その過程も丁寧に描かれている。将也が世の中とどう折り合いを付けていくか、それが暗示される幕切れはけっこう感銘を受ける。

 山田尚子の演出は冗長な箇所は無く、スムーズにドラマを進めているように見えるが、時折挿入される不安定なアングルからの画面と不自然な被写体の切り取り方は気に入らない。ここは正攻法に徹して欲しかった。キャラクターデザインは私の好みではないが、パステルカラーを基調とした色彩は美しい。それにしても、小学校からの仲間が高校時代になっても顔を揃えるという設定は、子供の頃から(親の仕事の都合で)何度も転校していた私から見ると、不思議なものだ。まるで別世界の話のように思える。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 2482

Trending Articles