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Channel: 元・副会長のCinema Days
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アニメが多すぎる。

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 夏休みということで、各映画館とも上映作品にはアニメーションが目立つ。しかし、実は“サマーシーズンだからアニメが多くて当然”ということでもない。常時アニメの上映本数は高止まりである。ちなみに、20年前は劇場公開された国産アニメ映画は20数本であったが、去年(2018年)には50本弱に達している。これは、いくらなんでも多すぎると思う。

 アメリカでは劇場上映される長編アニメーションが具体的にどの程度あるのかは知らないが、日本よりはずっと少ないのではないか。

 アニメ好きの観客にとっては日本の状況は“作品がたくさん観られて素晴らしい”とでも思うのかもしれないが、反面それは製作現場の“犠牲”によって成り立っているというのも、また事実である。

 アニメ業界が大方“ブラック”というのは巷間よく取り沙汰されているところだ。先日、理不尽な放火テロによって多くの犠牲者を出し、物的損害も膨大なものになった京都アニメーションは、業界筋では(歩合給ではなく給料制であることもあり)“ホワイト”だと言われていたらしい。だが、それでも一般世間的に言えば従業員は最低賃金ギリギリの待遇しか与えられていなかったという話である。

 どんなに有名な作品を手掛けていても会社はさほど儲からず、社員を非常口も非常階段もスプリンクラーも無いビルで働かせるしかなかったという、何ともやりきれない現実がある。多くの注目作を発表していた京都アニメーションでさえこのような状態であるから、他の業者は推して知るべしだろう。

 もっとも“現場がいくら疲弊していても、多彩な作品が数多く観られるから、それでいい”という意見もあるのかもしれないが、それは欺瞞である。作品は多くても、鑑賞する観客は限られている(ジブリ系や「名探偵コナン」等の一部のヒット作は除く)。一作品あたりの収益率が低いので、数をこなして何とか糊口を凌いでいる状況だろう。そういう自転車操業は、早晩行き詰まると思う。

 業界全体を“儲かる”構造に改革し、そこで働く者達が将来が開けるような状態に持っていってほしいものだ。ハリウッドのように、製作拠点を整理・統合して資本とノウハウを集中させ、本数は限られるとしても質の高いものを提供し、少しでも有能なクリエーターには高給が支払われるような体制が理想である。とにかく、今のままじゃ内閣府が音頭を取っている“クールジャパン構想”も絵に描いた餅だ。

 まあ、一般的な映画ファン(≠アニメ映画限定のファン)としては、観客層の幅が狭いアニメ作品にシネコンのスクリーンを大量占拠されるよりも、国内外の多彩な作品を上映して欲しいというのが本音である。

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