(原題:CLIFFHANGER )93年作品。冒頭の、登場人物の女性が絶壁の間にかけられたケーブルに宙づりになった挙げ句、力尽きて谷底へ落ちていくシーンが凄い。絶壁に取り付けられた垂直下降式のエレベーター・カメラの効果も相まって、文字通り“真下に落ちる姿”を観客の視線になりかわって至近距離で見せていく。
しかし、全編を観終わってこれ以上の見せ場に遭遇することは全然なく、それどころか眠気さえ催してしまった。それは、カネをかけた割りにはディテールのいい加減さが目立つからだ。
ベテランのクライマーであるゲイブは、ロッキー山脈でレスキュー隊の仕事に就いていたが、友人の恋人の救出に失敗し、その自責の念から山を下りる。8か月後、レスキュー隊に遭難信号が入る。ゲイブは現場に復帰し、同僚や元恋人のジェシーと共に山に入るが、この信号はニセモノだった。クエイルンを首領とする犯罪組織が財務省造幣局の輸送機を襲ったが、機は不時着。大金の入ったトランクも山中に消えたため、クエイルンはレスキュー隊をおびき出してトランクを探すよう脅迫しようとしていたのだ。ゲイブ達は厳寒の山岳地帯で一味に戦いを挑む。
主演はシルヴェスター・スタローンだが、いくら彼でも冬山をTシャツ一枚で動き回れるはずがない。大規模な雪崩でもザイル一本でひょいと横に跳べば避けてしまう不思議。シビアな場面になると唐突にロケ撮影からスタジオのセットになってしまったり、不必要な講釈を垂れてわざとピンチになる悪役がいたり、後半はどうやって谷底から主人公が生還できたのか説明しようともしない。
斯様に話は行きあたりばったりに展開する。登場人物の背景や内面描写がほとんどないのは、「ダイ・ハード2」のレニー・ハーリン監督だから当然か。
しかし最大の敗因は予告編だろう。その年の夏頃から流れていたこの映画の予告編は、それはそれは良くできたシロモノであった。モーツァルトの“レクイエム”をバックに、ハデな場面だけを次々と繋いでいく編集の切れ味は、絶対観たいと思わせる魅力にあふれていた。しかも夏場は「ジュラシック・パーク」の大当たりで、この予告編を観た人数はかなりのものだったろう。
しかし結局本編は、予告編で観た場面以上のものがなく、ドラマにも面白味がないとくれば、落胆するのも当然ではないか。要するに、予告編だけ観ればそれで十分の映画だったのである。トレバー・ジョーンズの音楽は「ラスト・オブ・モヒカン」の2次使用でシラけてしまったし、敵役のジョン・リスゴーも意外と精彩が無い。
しかし、全編を観終わってこれ以上の見せ場に遭遇することは全然なく、それどころか眠気さえ催してしまった。それは、カネをかけた割りにはディテールのいい加減さが目立つからだ。
ベテランのクライマーであるゲイブは、ロッキー山脈でレスキュー隊の仕事に就いていたが、友人の恋人の救出に失敗し、その自責の念から山を下りる。8か月後、レスキュー隊に遭難信号が入る。ゲイブは現場に復帰し、同僚や元恋人のジェシーと共に山に入るが、この信号はニセモノだった。クエイルンを首領とする犯罪組織が財務省造幣局の輸送機を襲ったが、機は不時着。大金の入ったトランクも山中に消えたため、クエイルンはレスキュー隊をおびき出してトランクを探すよう脅迫しようとしていたのだ。ゲイブ達は厳寒の山岳地帯で一味に戦いを挑む。
主演はシルヴェスター・スタローンだが、いくら彼でも冬山をTシャツ一枚で動き回れるはずがない。大規模な雪崩でもザイル一本でひょいと横に跳べば避けてしまう不思議。シビアな場面になると唐突にロケ撮影からスタジオのセットになってしまったり、不必要な講釈を垂れてわざとピンチになる悪役がいたり、後半はどうやって谷底から主人公が生還できたのか説明しようともしない。
斯様に話は行きあたりばったりに展開する。登場人物の背景や内面描写がほとんどないのは、「ダイ・ハード2」のレニー・ハーリン監督だから当然か。
しかし最大の敗因は予告編だろう。その年の夏頃から流れていたこの映画の予告編は、それはそれは良くできたシロモノであった。モーツァルトの“レクイエム”をバックに、ハデな場面だけを次々と繋いでいく編集の切れ味は、絶対観たいと思わせる魅力にあふれていた。しかも夏場は「ジュラシック・パーク」の大当たりで、この予告編を観た人数はかなりのものだったろう。
しかし結局本編は、予告編で観た場面以上のものがなく、ドラマにも面白味がないとくれば、落胆するのも当然ではないか。要するに、予告編だけ観ればそれで十分の映画だったのである。トレバー・ジョーンズの音楽は「ラスト・オブ・モヒカン」の2次使用でシラけてしまったし、敵役のジョン・リスゴーも意外と精彩が無い。