設定は面白いのだが、出来映えはとても合格点は付けられない。聞けば新人の映像作家の発掘を目的としたコンペティションで入賞したオリジナルストーリーの映画化らしい。しかし、いくら原案が優れていても、脚本のクォリティをはじめ、キャストに対する演技指導、そして大道具・小道具の使い方等に関して十分に練り上げないと、劇場用映画としては通用しないのだ。
主人公の八雲御子は、父親は世を去り、母親は失踪、そして育ててくれた祖母も亡くなり、天涯孤独の身となってしまった。そんな彼女の前に、不動産屋を営む叔父の悟郎が現れる。悟郎は御子に住む場所とアルバイトの提供を申し出る。そのアルバイトとは、いわゆる“事故物件”に短期間住み、それ以降の新規入居者に対する不動産屋による物件の履歴説明責任を帳消しにする“ルームロンダリング”という仕事だった。御子は、このアルバイトを始めるとすぐに、その部屋で死んだ者達の幽霊が見えるようになる。彼女は幽霊達と共同生活を送りつつ、彼らの現世で思い残したことを解消するために奔走するハメになる。
孤独なオカルト女子が、型破りな叔父をはじめ、幽霊や隣人らによって少しずつ“社会性”を身に付けていくという筋書きは悪くない。ホラーテイストこそ採用されているが、これは主人公が自分が何者であるかを自覚するという、普遍的な青春ドラマのルーティンを踏襲している。
しかしながら、どうも作りが安直なのだ。幽霊が出てくるところは、いたずらに観る者を怖がらせる必要は無いが、もう少しインパクトが欲しい。全編に渡ってオルガンを使ったライトな音楽が流れ、脱力系コメディの線を狙っているフシもあるのだが、中盤以降は御子が殺人事件に巻き込まれるというハードな展開があるにも関わらず、タッチがソフト過ぎて白けてしまう。
よく考えれば、悟郎が御子にこの仕事を頼む理由もハッキリしない。彼女のことを心配するのならば、もっとカタギの職場を紹介して見聞を広げさせた方が数段良かったはずだ。また、ラスト近くには母親の“消息”が明らかになるのだが、どうしてそうなったのか具体的説明は無いし、暗示だけにするにしても段取りが不十分だ。
これが長編デビュー作になる片桐健滋の演出はメリハリに欠け、盛り上がらない。特に、後半の“活劇”シーンは気合いが全然入っておらず閉口した。主役の池田エライザは、演技面ではまだまだである。ただ、妙な存在感はあると思う。さらに、可愛らしいルックスと共に、下着姿になった時のインパクトは並々ならぬものがある(笑)。
悟朗役のオダギリジョーは彼自身の持ち味で何とか持ち堪えているが、伊藤健太郎に渋川清彦、光宗薫、木下隆行、つみきみほといった他のキャストは上手く機能していない。あまり冴えない出来に終わってしまったが、唯一、ヒロインが空を飛ぶ飛行機を“手で掴む”というモチーフだけは面白い。この映像感覚を活かせば、この監督の今後も期待出来るかもしれない。