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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「ビューティフル・デイ」

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 (原題:YOU WERE NEVER REALLY HERE)上映時間は1時間半と短いが、密度はとても高い。鑑賞後に内容に関して深く考えたり、誰かに感想を述べたりせずにはいられない求心力を有している。主要アワードを獲得したことが作品の質に直結するわけではないが、第70回カンヌ国際映画祭において脚本賞と男優賞を受賞したことも頷けるほどの出来だと思う。

 行方不明者の捜索を請け負い、実績を積んでいるスペシャリストのジョーは、かつて軍や捜査当局に身を置いていた頃の凄惨な体験を忘れることは無かった。また、子供時分の父親からの虐待も、彼のメンタルに大いに影響していた。ある日、ニューヨーク州選出の上院議員アルバート・ヴォットから、裏社会の売春組織にさらわれたローティーンの娘ニーナを救い出してほしいという依頼を受ける。

 早速ジョーは悪者どものアジトを突き止めてニーナを救出するが、その間にヴォット議員は謎の死を遂げ、さらに組織の手の者がジョーを急襲。ニーナは連れ去られてしまう。またジョーの身の回りの者たちが次々と消される事態に及び、彼は背後に大きな陰謀が存在していることを察知する。

 設定だけ見れば、マーティン・スコセッシ監督の「タクシードライバー」(76年)及びリュック・ベッソン監督の「レオン」(94年)との類似性を指摘できるところだが、主人公の内面の屈折ぶりは上記2作の比ではない。

 小さい頃から虐待にさらされ、長じては職務上で悲劇的な場面ばかりに遭遇。そのためか中年になっても配偶者どころか交際相手さえおらず、年老いた母親と一緒に暮らすしかない。そもそも本作は主人公が自殺未遂をするシーンから始まるのだ。特に母親に対する複雑な感情の描写は出色で、それが終盤の大きな伏線になっているあたりは上手い。

 ニーナの抱える屈託も相当なもので、父親の政争の道具にされたトラウマから逃れられずに身もだえする。そんな2人が出会い、いわば“道行き”とも言える展開を示す。この道程は、観ていて胸が締め付けられる。脚本も手掛けたリン・ラムジーの演出は巧みで、直接的な暴力描写は避けられているが、その前後の状態を即物的に写し撮ることにより、暴力自体の凄惨性を強調することに成功。

 主演のホアキン・フェニックスのパフォーマンスは素晴らしく、寡黙ながらその痛めつけられた肉体ですべてを語ろうとするスタンスは、目覚ましいものがある。ニーナに扮するエカテリーナ・サムソーノフの存在感も印象的で、かつてのジョディ・フォスターやナタリー・ポートマンに匹敵するカリスマ性を持ち合わせている。

 ジョニー・グリーンウッドの音楽は「ファントム・スレッド」における仕事よりも数段優れている。トーマス・タウンエンドのカメラによる寒色系の画調も見逃せない。なお、邦題は原題とはかけ離れているが、そのタイトルの意味が判明するラストシーンには泣けてきた。本年度の外国語映画の、収穫の一本になる作品だ。

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