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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「許されざる者」

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 (原題:UNFORGIVEN)92年作品。前から何度も言っているが、私はクリント・イーストウッドの監督作品を良いと思ったことは(わずかな例外を除いて)無い。何やら視点の定まらない、雰囲気だけに終わっている映画ばかりで、何が言いたいのか、作家としてのアイデンティティはどこにあるのか、まるで不明確。

 この「許されざる者」はアカデミー作品賞を獲得しているから観ただけで、本来は敬遠したい作品だったのである。観終わって、イーストウッドの監督作としてはマシな部類だとは思った。とはいっても封切り当時に評論家が言っていたように“渋味あふれる傑作”とか“西部劇の美しき黄昏”といった賛辞は全然浮かばない。美しい映像と、ジーン・ハックマンやモーガン・フリーマン、ジェームズ・ウールヴェットなどの脇役の演技の達者さに感心しただけで、それ以上の感慨はない。

 善玉悪玉が判然としないのが大昔の西部劇とは違う点だろう。イーストウッド扮する主人公マニーは正義を実行するつもりで街に入ったのだろうが、賞金をかけた女将からして私怨に走っただけであり、暴君の保安官にしても暴力を締め出すために適切な方法をとっていると言えなくもない。牧童たちは娼婦の不用意な一言にカッとなってバカなことをしたものの、反省しているようだ。第一、マニーはかつて女子供も容赦しなかった悪党であり、ラストには残虐さを見せる。

 これを、現代アメリカ社会を象徴していると深読みするのは易しい。つまり、正義という概念が崩れ去り、誰かの正義は他の誰かにとっての不正義で、大義名分を掲げた暴力が横行するといったような・・・・。しかし、それがどれほどイーストウッドの製作意図に反映されていたかは疑問である。

 彼はとにかく自分を育ててくれた西部劇にオトシマエをつけようとしたのであり、別れを告げているに過ぎないのだと思う。イーストウッドの映画としては珍しくテーマがはっきりしている点は、一応評価してもいいと思う。やたら暗くて興奮もアクションもない撃ち合いのシーン(正直言って、気が滅入る)、馬にも上手く乗れず、生ける屍みたいな青白いマニーの様子からしてそれは明らかだと思う。

 しかし、考えてみると、“西部劇の終わり”なんて、サム・ペキンパーの「ワイルドバンチ」などに代表されるように70年代までにすでに十分描かれていたのである。この時点でやる必要があったか、すこぶる疑問だ。作者の個人的趣味に過ぎないとも言えよう。印象は観る人によってさまざまだと思うが、私としてはプッシュしたい作品ではない。

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