Quantcast
Channel: 元・副会長のCinema Days
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2422

「ジュピターズ・ムーン」

$
0
0

 (原題:JUPITER'S MOON)天使の目からヨーロッパを、そして世界を俯瞰しようという、大上段に振りかぶったようなスタンス。そして同時に、地べたを這いずるように煩悩に絡め取られた人々の、明日をも知れない生き方をもすくい取る。重層的で野心的なドラマだと思う。観る者によって好き嫌いはハッキリと分かれそうだが、屹立した存在感を有している作品であることは確かだろう。

 ハンガリーに入国しようとしていたシリア難民の青年アリアンは、国境警備隊に追われて父ムラッドとはぐれてしまう。挙げ句の果てに国境警備の刑事ラズロに銃撃され、死んだと思われた。だが、その時アリアンの中で特殊な能力が目覚め、死なないどころか彼の身体は宙を舞うのだった。一方、難民キャンプに勤務する医師シュテルンは、医療ミスにより有望なアスリートを死亡させ、遺族から訴えられていた。賠償金と同等額の金を用意するため、恋人の女医ヴェラと共謀し、金を受け取って違法に難民を逃していた。

 ひょんなことからアリアンと出会ったシュテルンは、彼の能力で一儲け出来ると思い、かつて受け持った難病患者たちの元に“奇跡を見せる”との触れ込みで“往診”に出掛ける。父を探すアリアンだが、実はムラッドはテロに荷担していた。電車内で爆発事故が起こり、犯人と思われる男の荷物からアリアンとムラッドのパスポートが発見される。アリアンおよび彼と行動を共にするシュテルンは指名手配され、ラズロや警察は2人を追う。

 有り体に言えばアリアンは天使なのだろう。もっとも、ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン・天使の詩」(87年)とは違って、誰でもその姿や奇跡は目撃出来る。だが、たとえ天使が降りてきても、この混沌とした世界は変わらない。大仰な“見せ物”ではあっても、結局は周囲の何人かの者の内面に少し影響を与えるだけだ。

 祖国を捨て、命がけで欧州に逃れてきた難民を待ち受ける苦難。しかし、ヨーロッパ自体もカオスの中にある。シュテルンやラズロは、当初は目先のことにしか関心の無い人間だった。カオスを既成事実として割り切り、世の中を上手く渡ることを最優先とする。それがアリアンの出現により、価値観は揺らぐ。

 この映画は、先日観たアキ・カウリスマキ監督の「希望のかなた」と似たテーマと構図を持っている。ただし、(万人に対するアピール度は別にして)剥き出しの現実を捉えているのは、ファンタジー仕立ての本作の方だ。天使が睥睨するこの世界に、果たして救いはあるのか。クローズ・アップを多用した切迫感あふれるカメラワーク、長回しで映し出されるカーチェイス、夕暮れ間近のように煤けたブダペストの町並み、そして見事なアリアンの飛翔シーン等、映像面での興趣は大きい。

 コーネル・ムンドルッツォの演出は息苦しいほど力感が漲っている。メラーブ・ニニッゼやギェルギ・ツセルハルミ、ゾンボル・ヤェーゲル、モーニカ・バルシャイといったキャストは馴染みは無いが、皆好演だ。ジェド・カーゼルによる音楽も、実に効果的である。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 2422

Trending Articles