(原題:LINCOLN )観ていてさっぱり面白くないのは、スピルバーグという“登場人物の内面描写がほとんど出来ない作家”がメガホンを取っているからだろう。第16代合衆国大統領であるリンカーンの政治理念の背景、また彼が南北戦争突入前に抱いたはずの“開戦か、あるいは回避か”という苦悩、それらがまったく描かれていない。当然、スピルバーグとしては“描いていない”のではなく“描けない”のだが、そんな大事なところをスッ飛ばしてはこの題材を取り上げる価値もないのではないか。
1865年、エイブラハム・リンカーンは大統領に再選されるが、その数年前から始まっていた南北戦争は終結する兆しが見えなかった。リンカーンは永久的な奴隷制度廃止を憲法に盛り込むことが南軍を黙らせる一番の方法だと信じ、憲法第13条の修正案を可決させるためにロビイストを総動員して裏工作に励むが、事態は難航する。一方、息子のロバートが大学を中退し、両親の反対を押し切って入隊。妻との関係もしっくり行かず、大統領は窮地に陥る。
息子との関係性に逡巡する主人公の心理が活写されていないばかりか、ロバートがその決断を下すプロセスも通り一遍のものだ。では、上映時間の大半を割いて取り上げられる政治的駆け引きが興味深いかというと、これがまるで盛り上がらない。描写が冗長でサスペンス皆無。そもそも、リンカーン自身が唱える奴隷制度廃止のバックボーンとして表面的なヒューマニズムしか配備されていないので、清濁併せ呑むようなリーダーシップの描出なんか出来るはずもない。
戦争の原因なんてのは大抵は経済問題だ。南北戦争だって、保護貿易に走る北部と自由貿易を望む南部との覇権争いに端を発している。リンカーンとしても理想主義者としての信念だけで奴隷制度の廃止を訴えていたはずもないのだが、本作にはそのあたりの言及が抜け落ちている。
このように設定がいい加減ならば、いかにキャストが頑張っていようと、映画のクォリティが上がるはずもない。確かにオスカー受賞のダニエル・デイ=ルイスは大熱演だし、サリー・フィールドやデイヴィッド・ストラザーン、ジョゼフ・ゴードン=レヴィット、ジェームズ・スペイダーらも気合いが入っている。トミー・リー・ジョーンズの海千山千ぶりもかなりのものだ。しかし、物語の立脚点が脆弱である限り、俳優陣に劣勢を立て直す役割を振るのは無謀というものである。
ジョン・ウィリアムズの音楽とヤヌス・カミンスキーの撮影は、今回は平凡な出来。重苦しく要領を得ない映画であり、観る価値があるとは言い難い。