(原題:ER IST WIEDER DA)観ている間は笑いが絶えないが、鑑賞後はヒンヤリとした感触が残る、ブラック・コメディの快作である。しかも、世界中に強権的なリーダーが次々と登場しそうな昨今、この公開のタイミングは絶妙だと言えよう。これがハリウッド映画ではなく“本家本元”のドイツ映画から提供されているのも面白い。
ヒトラーの格好をした男が、ベルリンの街に突然現れる。ちょうどその場所でテレビのロケをしていたリストラ寸前のディレクターはその男に興味を持ち、時事ネタを扱うバラエティ番組に出演させる。男は長い沈黙の後、過激な内容の演説を畳み掛けるような口調で行い、会場のギャラリーや視聴者を仰天させる。しかしながらそのインパクトは局の幹部に視聴率を稼ぎ出すコンテンツだと見なされ、男は次々と番組に出るようになる。皆は彼を“ヒトラーの容姿と口調を真似るお笑い芸人”として歓迎するが、実は男は1945年の陥落寸前のベルリンからタイムスリップしてきた本物のヒトラーだった。彼の正体に気付いた件のディレクターは、何とか事態の進展を阻止しようとする。
男は何度も“ワシはヒトラーだ!”とマジメに強弁するのだが、周囲は手の込んだ冗談だと思って笑い飛ばす、そのギャップがおかしい。ディレクターとのロケ旅行中に珍騒動を巻き起こしたり、現代のネオナチの連中と会うものの全然話が噛み合わなかったりと、ギャグの振り方は堂に入っている。
だが、やがてヒトラーが時代の寵児としてのし上がっていくあたりになると、次第に笑いが乾いたものになっていく。特定の層を悪者扱いして“あいつらをやっつければ全ては好転する”と決めつける極論が、経済的困窮にある多くの市民の心を動かす。しかも、インターネットによって情報が拡散していく現代社会は、天才的アジテーターである彼にとって“仕事”をしやすい環境でもあったのだ。
テレビ局の幹部は、最初彼を数字の取れるタレントとしか見ていないが、彼が圧倒的な存在感を持つと同時にヒトラーの走狗になってしまう。これはかつてのヒトラーがゲッベルスやヒムラーといったブレーンを得るくだりと一緒だ。ヒトラーは最初から独裁者として世に出たわけではない。民主的な選挙によって国家首脳に選ばれたのである。ファシズムは民主主義の隣に存在し、チャンスさえあればいつでも取って代わるという慄然とするような図式を明確に提示している。
デイヴィッド・ヴェンドの演出はソツが無く、堅実にドラマを引っ張っていく。ヒトラーを演じるオリヴァー・マスッチは無名の舞台俳優らしいが、達者なパフォーマンスで場を盛り上げる。フランツィシカ・ウルフやカッチャ・リーマンといった脇の面子も(馴染みは無いが)印象が強い。世界の現状をかつての独裁者の側から描く野心作であり、観る価値は大いにある。