丁寧に作られてはいるが、見終わってみれば食い足りない。映画を撮るにあたって、作者は一番重要なことを棚上げしてしまったように思える。それは、自らの立ち位置に対する洞察だ。スタンスが曖昧なままでは、他者への言及もどこか空々しいものになる。
90年代後半、いわゆる“帰国事業”で25年前に北朝鮮へ移住したソンホが、病気治療のため3ヶ月限定で日本に戻ってくる。両親と妹のリエは久しぶりの再会に大喜びだが、監視随行員が同行していたり、自由のない北朝鮮で長く暮らしたソンホとの間に微妙な“溝”が生じたりと、どこかぎこちないものが漂う。ソンホを診察した医者は、3ヶ月間では治療できないと告げる。家族は何とか彼の滞在期間を延長してもらおうとするが、突然に北朝鮮から“即刻帰国せよ”との命令が下る。
在日朝鮮人2世であるヤン・ヨンヒ監督の体験をベースに作られているらしく、家族や周囲の人物たちの描き方はキメが細かい。かつて“地上の楽園”と持て囃された北朝鮮に、大事な息子を送り出してしまった両親の悔恨の念。兄と完全には打ち解けられないリエの屈託。そして今でもソンホに好意を抱いている幼馴染みのスニの想い。いずれも過不足無く掬い上げられている。随行員のヤンにしても決して冷酷な人物として扱われておらず、血の通ったキャラクターとして描かれている。カット割りや登場人物の動かし方なども実に達者で、無駄な部分は見当たらない。
しかし、全編を覆う違和感は、最後まで消えることはなかった。確かに、ソンホが味わう苦難には同情を禁じ得ない。だが、朝鮮籍のまま日本に残った家族は一体何なのか。彼らの“祖国”はああいう有様で、アイデンティティの帰属先としては不安定極まりない。この一家が暮らしていて、またこれからも居続けるであろう日本社会との関係性が、ほとんど見えていないのだ。
またソンホの父は総連のスタッフであるらしいが、ならばどうしてソンホだけ北朝鮮に渡ったのか。それに細かいことを突っ込むと、時代設定からするとソンホは40歳代ということになるが、演じる井浦新は撮影当時30歳代で整合性が取れていない。しかも彼は若く見え、妹のリエはどう見ても20歳代なのでますますチグハグな印象を受ける。
ぶっちゃけた話、彼ら在日朝鮮人が日本に住むことに対する問題意識が捨象されているので、どんなにシビアな話を切々と語っても、どこか他人事のように思えてしまう。そのことを象徴するのが、大学で朝鮮語を教えているリエが学生に“自分は韓国には足を踏み入れられない”ということを、まるで皆が知っていて当然のごとく告げる中盤のシーンである。ハッキリ言って、そんなことは日本人にとっては“知ったことではない”のだが、このあたりを平気で挿入するあたり、作者の思い上がりみたいなものが感じられる。
井浦をはじめ安藤サクラやヤン・イクチュン、京野ことみ、宮崎美子、津嘉山正種といったキャストが皆好演であるだけに惜しい。なお、この作品は2012年のキネマ旬報誌のベストワンに輝いたが、正直言って他の日本映画の秀作・佳作群と比べて殊更優れているとは思えない。まあ、あの雑誌の執筆陣には“リベラルな人”が多いらしいので、仕方がないのかもしれないが(-_-;)。