(原題:Magic in the Moonlight)良く出来たスクリューボール・コメディで、鑑賞後の気分も上々だ。深いテーマや凝ったストーリーなんかを期待すると肩すかしを食らうが(笑)、構えず気楽に接すればそれなりの満足感を与えてくれる。また、こういう気が利いたシャシンをコンスタントに提示出来るのは、ウディ・アレン監督作というブランドの成せる技だろう。
1920年代、英国人マジシャンのスタンリーはその天才的なテクニックで人気を博していたが、素顔は皮肉屋でインテリぶった鼻持ちならない野郎だ。ある時、幼なじみのハワードから、南仏に住むある大富豪が米国人の女占い師に入れあげていて、ヘタすると財産を乗っ取られてしまうかもしれないという話を聞く。
オカルト方面の事柄はすべからくインチキだと決め付けていたスタンリーは、ペテンを見抜いてやろうと自信満々で大富豪宅を訪れ、件の占い師ソフィと対峙する。ところが彼女は彼の経歴や性格をズバリと指摘し、果ては降霊会で超現実的な現象を見せつけるに及び、すっかり彼は狼狽える。しかも、若くてキュートなソフィに恋愛感情らしきものを抱いてしまうのだった。
何かというと講釈ばかり垂れる魔術師スタンリーは、もちろんアレン監督の“分身”だ。舞台でイリュージョンを見せるだけではなく、自分の本性の周りにもタネや仕掛けを配備して“武装”している。そんな奴が自分の価値観を揺さぶる対象に出会った途端、無様にも(?)恋する男の一面を見せ始めるあたりが愉快だ。
恋心は手品とは違い、小賢しい段取りを飛び越えて遠慮会釈無く誰の心の中にも芽生えるものなのだ。言い換えれば恋愛こそが最上のイリュージョンであり、小理屈抜きで存分に楽しめば良いというメッセージが見て取れる。もちろん、ソフィの言動の裏には“ある事情”が存在するのだが、それが分かった後の展開も飽きさせず、センス満点のラストまでしっかり引っ張ってくれる。
スタンリーを演じるコリン・ファースは好演で、評価の高かった「英国王のスピーチ」の役柄よりも自然体で無理がない。レトロな衣装に身を包んだソフィ役のエマ・ストーンは凄く可愛く、アレンが彼女に惚れ込んでいることが分かる。アイリーン・アトキンスやマーシャ・ゲイ・ハーデン、サイモン・マクバーニーといった脇の顔ぶれも良い。
ダリウス・コンジのカメラによる明るい陽光に包まれた南仏の風景、アレンの過去の代表作「マンハッタン」に通じる描写や、ヒッチコックの「泥棒成金」のオマージュも含めて、手練れの映画ファンのツボに入る各モチーフの提示が嬉しい。