(原題:Predestination)宣伝ポスターは何やら“SF大作”みたいな雰囲気だが、実際は上映時間は短く、小品とも言えるオーストラリア映画だ。出来の方は悪くない。ウィットに富んだ短編小説を読んだような(実際に原作小説も短編なのだが ^^;)、ホロ苦い味わいが残る。
1970年のニューヨーク。凶悪な爆弾テロが続き、街は不穏な雰囲気の中にあった。裏通りのバーにフラリとやって来た青年ジョンは、バーテンダーに不思議な身の上話を始める。彼は孤児で、しかも以前はジェーンという女性であり、ある“事件”によって元々両性具有者であった彼女は男性として生きるハメになったという。そのトラブルの当事者である流れ者に対し、悶々とした気持ちを抱えて今まで生きてきたらしい。
ここでバーテンダーの方も正体を明かす。彼は時間と場所を自在に移動できる政府のエージェントで、爆弾魔を追っているのだという。パーテンダーは訝るジョンと一緒に地下に隠してあった携帯型タイムマシンで“事件”が起きた1963年に飛び、その流れ者がジェーンに会うことを何とか阻止しようとする。しかし、事態は思いがけない展開を見せる。ロバート・A・ハインラインの短編小説「輪廻の蛇」の映画化だ。
勘の良い観客ならば途中でオチは分かってしまう。だが、それでも最後まで飽きずに付き合えるのは、脚色と演出を担当したピーター&マイケル・スピエリッグ兄弟によるドラマの御膳立ての巧みさによる。序盤のミステリアスなネタ振りから中盤以降の一気呵成の展開まで、緩みが無い。冗長なショットやカットを廃し、物語の本筋から作劇が離れない。もっとも、爆弾魔の本当の動機が不明確な点はマイナスだが、ドラマティックな話の持って行き方の中にあってはさほど気にならない。
さほど予算が掛かっていない映画なのでハデな映像は期待出来ないが、それでもジェーンが宇宙開発局のテストを受けるときの古典SF的な舞台セットは見事だ。そしてキャストの仕事ぶりには感心した。謎のバーテンダーを演じるイーサン・ホークは飄々とした中に不気味さを垣間見せる妙演だが、それよりも強い印象を受けたのが、ジェーン/ジョンに扮するサラ・スヌークの存在感である。
最初彼女が男装して出てきたときは、かつてのジョディ・フォスターを思わせる聡明さを感じさせ、本来の女性の姿ではフェミニンな魅力を振りまくという風に、かなり演技の幅が広い。オーストラリアにこんな逸材がいたとは驚きで、しかも87生まれと若く、今後の活躍が期待される。
ハインラインの作品としては「月は無慈悲な夜の女王」が映画化予定だが、SF小説はまだまだ映画のネタの宝庫であり、積極的な映像化を望みたい。