安藤サクラは、やっぱり凄い。全盛期のロバート・デ・ニーロのように肉体を劇中で変化させるという役柄へのアプローチだけではなく、それと共にヒロインの内面が新しい次元にブレイクスルーしていく様子をヴィヴィッドに表現している。こういう力量を持った俳優が存在していることだけでも、日本映画界は捨てたものではないと思わせる。
主人公の一子は仕事もせず、かといって婚活するわけでもなく、実家の弁当屋で引きこもり同然でダラダラと過ごすだけの、冴えない三十女だ。そんな中、離婚して出戻ってきた妹とケンカしてしまい、ヤケになって家を飛び出す。何とか百円ショップで深夜勤務の職に就いた一子だが、相変わらず無気力な生活を送るばかり。
ある日、近所のボクシングジムに所属するボクサーの狩野からデートに誘われる。狩野はキャリアこそ長いが、ロクに勝てないまま引退する年齢に差し掛かってしまった。それでもリング上で健闘する彼の姿を見て、突き動かされるように自らもボクシングを始める一子であった。狩野との関係は紆余曲折があるものの、彼女のボクシングのスキルは確実に上がっていく。やがて一子は自分も試合をしたいと思い始める。
人間、どんなに“自分はこの程度だ”と思い込んでいても、そこから別のステージに上がるきっかけなんて、いくらでも転がっていることを痛感する一作である。もちろん、それを実現させるには人並み以上の努力は必要。しかし、重要なのはそんな精進の必要性だけではなく、チャンスは探せばどこにでも存在しているという事実だ。そんな図式をポジティヴに提示する作者の前向きな姿勢が嬉しい。
また、一子の奮闘は本人だけではなく、狩野や家族をも鼓舞させる。前向きなパワーは波及効果を生むことを無理なく描いていることもポイントが高い。
主演の安藤は、開巻当初のブヨブヨの身体を終盤にはシャープなボディに仕上げるプロセスを説得力のある演技で提示していて圧巻。表情や身のこなしも役柄になりきっている。狩野に扮する新井浩文もダメ男を好演。稲川実代子や早織、根岸季衣といった脇の面子も良いが、特にウサン臭い中年男を演じる坂田聡の存在感は見逃せない。武正晴の演出は小気味良く、ギャグの振り方も万全だ。ロケ地になった山口県の地方都市の風情も捨てがたく、これは今年度の邦画を代表する快作になりそうだ。