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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「春を背負って」

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 いったい何十年前の映画を観ているのだろうかと思った。斯様にこの作品は古くさい。これを“雄大な山の風景をバックにしているから気にならない”と評する向きもあるのかもしれないが、私は全然納得しない。それ以前に、どうしてこのような作風の映画を現時点で作らなければならないのか、理解出来ない。

 東京の投資ファンドに勤めている長嶺亨のもとに、富山県立山連峰で山小屋を営む父親が亡くなったとの知らせが届く。父は遭難した登山客を救おうとして、自ら犠牲になったのだ。久々に帰郷した亨は、山を愛した父や周囲の人々の思いに触れ、山小屋の経営を引き継ぐことにする。そんな彼を、父の僚友であったゴロさんや、山小屋を切り盛りする女性従業員の愛がフォローする。ある日、ゴロさんが脳梗塞で倒れてしまう。亨は彼を背負い、決死の思いで下山を試みる。

 設定が物凄く図式的だ。東京での亨の仕事が生き馬の目を抜くように世知辛く、対して山での生活が人情味に溢れ豊かな自然に癒やされるといった、見事なステレオタイプにセッティングされている。現実はそう簡単に割り切れるはずもないのだが、作り手は“オレがそう思うのだから、そうに決まっている”と言わんばかりに決め付ける。

 登場人物は滔々と自己の気持ちをセリフで説明してくれる。そして全員が気持ちが真っ直ぐで、間違ってもグチを言ったり屈折した態度をあらわすことは無い。さらには“一歩一歩、自分の力で普通に歩けばいい”とか“人は誰も荷物を背負って生きている”とかいった、有り難い人生訓を垂れたりもするのだ。極めつけは、亨と愛とのラブシーン。何と二人は、手をとりあってクルクルと回転しながら想いを伝えるのだ。大昔作られた明朗青春映画のノリで、観ているこちらは気恥ずかしくなってしまった。

 木村大作監督の前作「劔岳 点の記」もそういうテイストはあったのだが、あれは純然たる“出張”(ビジネス)の話であったから、文字通りビジネスライクに割り切って素材を受け止めることが出来た。対してこれは、そういう冷静なスタンスが付け入る余地は無い。大甘の予定調和の話を噛んで含めたように聞かされるみたいで、すこぶる居心地が悪い。

 主演の松山ケンイチをはじめ、蒼井優、豊川悦司、檀ふみ、小林薫、新井浩文、安藤サクラ、池松壮亮、石橋蓮司といった多彩なキャストが顔を揃えているのだが、どうも実体感の無いパフォーマンスに終始していて感銘を受けるにはほど遠い。本来はカメラマンである木村大作による映像は、確かに美しい。しかし、それは絵葉書的で底は浅く、求心力に乏しい。

 この映画に存在価値があるとするならば、シニア層の動員だろう。斜に構えたところが全然なく、微温的でノスタルジックな展開に終始する本作は、高年齢の観客が安心して対峙できる内容だ。今後のマーケティングの指針にはなると思う。

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