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Channel: 元・副会長のCinema Days
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フリーマン・ウィルス・クロフツ「樽」

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 戦前から推理小説史上屈指の名編と呼ばれ、評論家や読者が選ぶ歴代ベストテンにも幾度となく顔を出している作品だが、これまで私は読んだことがなかった。理由は、かなりの長編であることとアリバイ崩しが特徴的なF・W・クロフツの著作であることから“地味で退屈なのではないか”という先入観を持っていたからである。ロクにこの作家の小説を読みもしないのに勝手に決めつけるとは我ながら呆れてしまうが、今回新訳での改装版が出たので思い切って手に取ってみた。結論から言えば、かなり面白い作品である。今まで敬遠していたのがバカバカしく思えてしまった。

 1920年ごろのロンドン。港でパリから届いた荷物の陸揚げ作業中、海運会社の社員が破損した怪しい樽を見つける。しかも、警察に通報している間に樽は忽然と消えていた。すったもんだの挙句にようやく回収された樽の中から出てきたのは、金貨と若い女の死体だった。



 警察が荷受人や送付元を調べるが、なかなか真相はつかめない。しかも、重要参考人と思われる者たちには鉄壁のアリバイがある。いったい樽は誰から誰に送られたのか。そもそもこの事件でドーヴァー海峡を往き来した樽は一個だけなのか。舞台はパリそしてベルギーへと広がり、スリリングな展開を見せていく。

 地味だと思われそうなアリバイ崩しのくだりは、実はこのミステリーの一部にすぎない。物証や証言を集めるプロセスは、通常のミステリー同様の手順を踏んでいる。しかも、ドラマ運びはテンポが良く、いささかの淀みもない。意外にも後世のハードボイルド小説にも通じるような活劇場面だってある。退屈さを感じる暇など無かった。

 捜査側は最初はスコットランド・ヤードの警部、次にパリ警視庁の刑事、そして中盤を過ぎてからは担当弁護士と私立探偵に主軸が移っていくが、それによって筋書きが散漫になるどころか、それぞれのキャラクターが掘り下げられていて飽きさせない。特に、ロンドンとパリの捜査官は昔からの友人同士で、難事件を追っている間にも旧交を温めたり食事を楽しんだりするあたりは面白い。

 警察内部の事情も丹念に描かれており、これはいわゆる“警察小説”の先駆けとしての側面も持っている。残忍で狡猾な犯人像の創出にも抜かりはない。いずれにしても、デビュー作でこれだけのものを書き上げたクロフツの筆力には感服するしかないだろう。

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