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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「オッペンハイマー」

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 (原題:OPPENHEIMER )第96回米アカデミー賞では作品賞をはじめ7部門を獲得した注目作ながら、私はまったく期待していなかった。実際に観ても、やはり大したシャシンではないとの思いを強くする。ではなぜ劇場鑑賞する気になったのかというと、話題作であるのはもちろん、この映画がどうして本国で高く評価されているのか、それを確かめたかったからだ。

 原子爆弾の開発に成功したことで“原爆の父”と呼ばれた、アメリカの物理学者ロバート・オッペンハイマーを題材に描いているが、このネタでまず思い出したのが、同じく第二次大戦下を描いた宮崎駿監督の「風立ちぬ」(2013年)である。あの映画の主人公の堀越二郎は、零式艦上戦闘機の設計者として有名。ただし、彼は政治家でも思想家でもなく、はたまた一般の市井の人間でもない。ただ、こと航空工学にかけては他の追随を許さない才能を持っていた。



 こういう“特定分野のみに突出した(理系の)人間”を通して歴史を描こうというのは、どだい無理な注文だ。何せ本人の興味の対象は、主に自身の学術的探求とその成果物である。それが世の中にどういう影響を与えるかなんてのは、さほど関知していない。しかるに「風立ちぬ」は凡作に終わっているのだが、この「オッペンハイマー」も同様だ。

 主人公は核兵器の開発に対しては自らの研究の延長線上にあると思っている。それが結果的にどんな災禍を招くかということなど、意識の外にあるのだろう。まあ、後年彼は水爆の開発には反対したということが申し訳程度に挿入されてはいるものの、全編を通して描かれるキャラクターは“物理学のオタク”でしかない。

 ところが映画は後半に思いがけない展開を見せる。戦後、ジョセフ・マッカーシー上院議員が主導した“赤狩り”により、オッペンハイマーの家族および大学時代の恋人までもが共産党員であったことが明らかになり、ロバート自身も共産党系の集会に参加したことが暴露されてしまう。言うまでもなく、この赤狩りはアメリカ映画にとって大きなテーマであり、いわゆる“ハリウッド・テン”をはじめとして、当時の業界関係者が辛酸を嘗めたことは、過去いくつもの映画で取り上げられている。

 この“赤狩り”を科学者を対象に描くという今までに例を見ない着眼点が、本国では大いにアピールした理由かと思われる。もちろん、原爆投下による広島や長崎の悲劇はクローズアップされていないし、終戦時の各国の政治的駆け引きも強調されていない。何が映画の主眼になっているかを考えれば、まあ当然のことだ。

 それにしても、この映画の作劇はホメられたものではない。登場人物が無駄に多く、それぞれの背景が描かれずにスクリーン上を行き来するため、観ていて面倒くさくなってしまう。かと思えば、主人公と愛人ジーン・タトロックとのくだりはえらく冗長だ。何より、盛り上がりを欠いたままの3時間という尺は苦痛だった。クリストファー・ノーラン監督は今回オスカーを手にしたものの、近年腕が落ちていることは否めない。

 主演のキリアン・マーフィをはじめ、エミリー・ブラント、マット・デイモン、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナーなど顔ぶれは多彩だが、大した演技をしていない。印象に残ったキャストはゴーマンさが光るロバート・ダウニー・Jr.ぐらいだろう。

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