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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「PERFECT DAYS」

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 良く出来た映画で、感心してしまった。正直に言うと、監督がヴィム・ヴェンダースだということで観る前は若干の危惧があった。何しろ彼は傑作「ベルリン・天使の詩」(87年)を撮り終えてから現在まで、ロクなシャシンを作ってこなかったのだ。80年代には才気溢れるタッチでコアな映画ファンを魅了していた演出家が、長らく才能が涸れたような状況に甘んじていたというのは何やら寂しくもあった。しかしこの新作では見違えるような仕事ぶりを披露している。やはり一度は高評価を獲得した作家は、近年は不調でも突然“化ける”可能性を持ち合わせているのだろう。

 主人公の平山は、東京スカイツリーの近くにある古いアパートで独り暮らしをする、初老の清掃作業員だ。彼の主な仕事は都内の公衆トイレの掃除で、決まった時間に起床し、身支度して“出勤”する。仕事帰りには銭湯に足を運び、その後は馴染みの安酒場で一杯引っかける。毎日がその繰り返しだ。そんなある日、若い姪のニコが彼のアパートに転がり込んでくる。親とケンカして家出したらしい。さらに、同僚のタカシが急に辞めたり、行きつけのスナックのママの様子が気になったりと、すべてが平穏無事とは言えないのも確かである。

 この作品に対し、主人公の造型が浮世離れしているとか、トイレ清掃員の仕事は凄まじく3Kで本作は綺麗事に終始しているとかいった批判をぶつけるのは容易い。しかし、この映画はそんな一種下世話(?)なネタを取り扱う次元には位置していないのだ。ここで描かれているのは、文字通り人生における“完璧な日々”である。それは決して得意の絶頂が続く賑々しい日々のことではない。地味なルーティンの中に散見される微妙な哀歓を見出し、それを味わうことである。これがまさしく人生の機微だろう。

 そんな意味で極端に抽象化された平山のキャラクターは、実に的確だと思う。彼はスマートフォンを持っておらず、部屋にはテレビも無い。だが、移動中に聞く古い洋楽のカセットテープや、古本屋で見つけた文庫本など、楽しむものはちゃんと持っている。フィルムカメラで撮る神社の境内の木漏れ日や、絶えず変化する空模様など、この“完璧な日々”は“単に平穏な日々”ではないことも表現される。

 そんな彼が思わず感情を露わにするスナックのママの境遇や、実の妹に対する複雑な思いも挿入されるのだが、それらも包括してやがて“完璧な日々”の中で消化されてゆく。その達観した視線が心地良い。映し出される東京の風景の、何と魅力的なことか。その即物的かつ深みのある捉え方は、やはり日本の映画作家とは一線を画するものがある。

 この映画で第76回カンヌ国際映画祭で優秀男優賞を獲得した役所広司のパフォーマンスは、前評判通り素晴らしい。本当は平山のような男は実在しないのかもしれないが、かなりの存在感を醸し出している。柄本時生に中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、三浦友和、田中泯、甲本雅裕、犬山イヌコ、芹澤興人、安藤玉恵などの多彩なキャストを集め、さらに石川さゆりに歌わせたり、研ナオコやモロ師岡、あがた森魚といったワンポイント出演もあって本当に楽しませてもらった。パティ・スミス、ルー・リード、キンクス、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ニーナ・シモンといった選曲もセンスが良い。

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