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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「658km、陽子の旅」

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 話自体はとても承服できない。あまりにも脚本がお粗末だ。熊切和嘉監督が2001年封切の秀作「空の穴」以来22年ぶりに菊地凛子を主役に据えて撮った作品ということで期待したのだが、このレベルで終わっているのは脱力するしかない。聞けば本作は、某エンタテインメント会社が主催した企画コンテストの入選作を原案にしているらしい。しかしながら受賞作が“この程度”であるならば、我が国のクリエーター全体の水準も“その程度”になりつつあるのではないかと、いらぬ心配もしてしまう。

 主人公の工藤陽子は42歳で独身。若い頃に家を飛び出して上京したものの、まともな就職先も見つけられず、今は引きこもりに近い状態で何となく日々を過ごしている。ある日、従兄の茂から20年以上疎遠になっていた父親の昭政が亡くなったことを知らされた陽子は、茂とその家族と一緒に故郷の青森県弘前市まで車で向かう。だが、途中のサービスエリアで彼女は茂たちと逸れてしまう。所持金も無い彼女は、仕方なくヒッチハイクで故郷を目指す。



 まず、昔いくら若かったとはいえ確たる目的もツテもなく東京に出てきたヒロインには共感できない。さらに、20年以上も実家に連絡を取っていない理由が示されないのも失当だ。そして何より、茂たちを見失った際の話の段取りが不合理に過ぎる。どう考えても、主人公が一人でフラフラと長旅に出かけなければならない状況ではないし、茂もコミュニケーション能力に難のある陽子を放置したまま勝手に青森までの行程を進めて良い立場ではない。まずは警察なり何なり、しかるべき機関に駆け込むべき案件だ。少なくとも、サービスエリアのスタッフに携帯電話を借りるぐらいのことは考え付きそうなものである。

 また、陽子が道中で出会う人々もまるで現実感が無い。そもそも、ここ日本においてヒッチハイクという“形態”が認知されているとは思えない。ましてや文無しで訳ありの彼女を見掛ければ、誰だって当局側の保護の対象だと判断するだろう。劇中では何度か若い頃の昭政が陽子の心象風景として出てくるが、その割にはこの親子の関係がどうであったのかハッキリしない。極めつけは、旅を終えた陽子を迎える茂の態度。何かの茶番としか思えなかった。

 主役の菊地の熱演は認めて良いし、竹原ピストルに黒沢あすか、浜野謙太、篠原篤、吉澤健、風吹ジュン、そしてオダギリジョーなど、演技が下手な者は一人も出ていないのだが、話の内容がこの有様なので印象が実に薄い。良かったのは小林拓のカメラによる映像とジム・オルークの音楽ぐらい。熊切監督も次回からはネタを吟味して仕事に取り掛かってほしい。

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