これは実に興味深いドキュメンタリー映画だ。舞台になった地域の問題を超え、我々が直面している問題の実相と解決の処方箋を総体的に垣間見せてくれる点で、存在価値の高い作品と言える。また、一応は“主役”扱いになる人物をはじめ出てくるキャラクターがどれも濃いので、観ていて退屈しないだけの求心力も確保されている。
2021年8月に実施された横浜市長選における最大の争点は、カジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致の是非であった。前任の林文子は2017年の市長選で“カジノは白紙”という立場で当選したが、2019年に態度を豹変させIR誘致を発表。2021年の選挙ではIR推進を掲げた林と、一応はカジノ反対を表明した自民党県連会長の小此木八郎が“保守分裂”の形で立候補したが、そこに割って入ったのが横浜港ハーバーリゾート協会会長で“ハマのドン”と呼ばれる大物ベテラン経営者の藤木幸夫だった。
彼はカジノの有害性を認め、立憲民主党が推薦する山中竹春を支持。政財界との太いパイプと市民運動との連携を通し、IR誘致を捨てきれない与党推薦候補に立ち向かう。藤木は1930年生まれという高齢で、自民党の党員でもある。だから一見、彼の行動は地元政財界の勢力争いに過ぎないように思われる。しかし、終戦直後から横浜の街と港湾労働者たちをずっと見てきた藤木には、この土地にカジノが出来ることを拒否する真っ当な理由があったのだ。
カジノは、しょせんバクチだ。ギャンブルが皆を幸せにすることは有り得ない。そのことを、藤木は身に染みて分かっている。しかも、IRのあげた利益は運営元と海外資本に吸い上げられて地元には大して残らない。このことは劇中で登場する在米の日本人カジノデザイナーのレクチャーで明確に示される。
そして何より、市民団体がIR誘致の是非を問う住民投票の実施を求めて署名活動を行い、19万筆を超える署名を集めたこどか大きい。いくら藤木でも、伊達酔狂で個人的に選挙運動に関わろうとしたのではない。主権者である市民が声を上げたことに動かされたのである。本作はテレビ朝日が製作した2022年2月放送のドキュメンタリーを、番組プロデューサーの松原文枝が監督として再編集したものだ。
松原のネタの取り上げ方は巧妙で、藤木のダークな過去も遠慮なく挿入する。だが、藤木にはそれらをカバーするだけのカリスマ性があることを、十分に活写する。特に彼の“今は亡き人々の思いが、生きている我々の口を通じて出ているのだ”といったセリフには胸を突かれた。そう、私たちは今現在を刹那的に生きているのではない。過去に生きてきた先人たちの業績によって生かされているのである。この世界観・人生観に触れられるだけで、この映画を観る価値はある。
なお、周知のとおり先の横浜市長選は山中候補の圧勝に終わり、これで横浜市にIR施設が出来る可能性はほぼなくなった。しかし、日本には官民挙げてIR誘致に前のめりな土地も別に存在する。この“目先の利益と新奇さだけを重視する風潮”と、本作で描かれた“確固とした共同体のリファレンスを優先させる態度”というのが、我が国が直面して選択すべき二大トレンドであることは言うまでもないだろう。
2021年8月に実施された横浜市長選における最大の争点は、カジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致の是非であった。前任の林文子は2017年の市長選で“カジノは白紙”という立場で当選したが、2019年に態度を豹変させIR誘致を発表。2021年の選挙ではIR推進を掲げた林と、一応はカジノ反対を表明した自民党県連会長の小此木八郎が“保守分裂”の形で立候補したが、そこに割って入ったのが横浜港ハーバーリゾート協会会長で“ハマのドン”と呼ばれる大物ベテラン経営者の藤木幸夫だった。
彼はカジノの有害性を認め、立憲民主党が推薦する山中竹春を支持。政財界との太いパイプと市民運動との連携を通し、IR誘致を捨てきれない与党推薦候補に立ち向かう。藤木は1930年生まれという高齢で、自民党の党員でもある。だから一見、彼の行動は地元政財界の勢力争いに過ぎないように思われる。しかし、終戦直後から横浜の街と港湾労働者たちをずっと見てきた藤木には、この土地にカジノが出来ることを拒否する真っ当な理由があったのだ。
カジノは、しょせんバクチだ。ギャンブルが皆を幸せにすることは有り得ない。そのことを、藤木は身に染みて分かっている。しかも、IRのあげた利益は運営元と海外資本に吸い上げられて地元には大して残らない。このことは劇中で登場する在米の日本人カジノデザイナーのレクチャーで明確に示される。
そして何より、市民団体がIR誘致の是非を問う住民投票の実施を求めて署名活動を行い、19万筆を超える署名を集めたこどか大きい。いくら藤木でも、伊達酔狂で個人的に選挙運動に関わろうとしたのではない。主権者である市民が声を上げたことに動かされたのである。本作はテレビ朝日が製作した2022年2月放送のドキュメンタリーを、番組プロデューサーの松原文枝が監督として再編集したものだ。
松原のネタの取り上げ方は巧妙で、藤木のダークな過去も遠慮なく挿入する。だが、藤木にはそれらをカバーするだけのカリスマ性があることを、十分に活写する。特に彼の“今は亡き人々の思いが、生きている我々の口を通じて出ているのだ”といったセリフには胸を突かれた。そう、私たちは今現在を刹那的に生きているのではない。過去に生きてきた先人たちの業績によって生かされているのである。この世界観・人生観に触れられるだけで、この映画を観る価値はある。
なお、周知のとおり先の横浜市長選は山中候補の圧勝に終わり、これで横浜市にIR施設が出来る可能性はほぼなくなった。しかし、日本には官民挙げてIR誘致に前のめりな土地も別に存在する。この“目先の利益と新奇さだけを重視する風潮”と、本作で描かれた“確固とした共同体のリファレンスを優先させる態度”というのが、我が国が直面して選択すべき二大トレンドであることは言うまでもないだろう。