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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「生きちゃった」

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 2020年作品。話の設定や筋書きには納得できない点も少なからずあるが、各キャラクターが抱える屈託の表現はけっこう非凡だ。決して観て楽しいシャシンではないものの、描かれたモチーフに関してしばし考える時間を設けたくなる。キャストの仕事ぶりも達者で、石井裕也監督の作品としては上出来の部類である。

 山田厚久と奈津美、そして武田の3人は、高校時代からの仲の良い幼なじみだ。長じて厚久と奈津美は結婚し、5歳になる娘の鈴と東京で暮らしている。ある日、体調が悪くて仕事を午前中で切り上げて家に戻った厚久が見たものは、奈津美がヨソの男を連れ込んでよろしくやっている現場だった。



 ショックで口もきけない厚久に向かって奈津美は、離婚するので家を出て行ってほしいと言い放つ。しかも彼女は、厚久に対して愛情を感じたことは無いらしい。失意のうちに北関東の実家を訪ねた厚久を迎えたのは、気難しい両親とヤク中で引きこもりの兄だけで、何の慰めにもならない。一方で奈津美は、同居しているくだんの浮気相手の洋介の甲斐性無さに辟易するようになる。

 不倫をはたらいた妻に離縁を切り出され、しかも住むところも娘の養育費も巻き上げられてしまうという筋書きは、ハッキリ言ってあり得ない。また、厚久はふとしたはずみに妊娠させてしまった奈津美に対して責任を取るため、婚約相手の早智子との仲を清算して奈津美と所帯を持ったらしいが、これも無理がある。そもそも、厚久と武田が一緒に英語や中国語を習っているというのも(一応は後半の伏線にはなっているとはいえ)意味不明だ。

 しかしながら、これらは厚久の煮え切らない性格を浮き彫りにする意味では効果的である。厚久は思っていることを言葉に出せない。周囲に流されてばかりで自分で能動的に決断することは無い。そんなスタンスのまま、いつも貧乏くじを引かされて陰にこもるばかり。武田のプロフィールは詳しくは明かされないが、厚久と奈津美のことを絶えず気にかけていて大事なところでフォローしようとする、その作劇上の役割は的確だ。厚久がやっと自分の気持ちを言い出そうとする、その切っ掛けを作るために腐心する終盤の扱いは大いに納得した。

 厚久役の仲野太賀、武田に扮した若葉竜也、共に好演。原日出子に鶴見辰吾、伊佐山ひろ子、嶋田久作、毎熊克哉、柳生みゆなどの脇のキャストも万全だが、特にインパクトが大きかったのは奈津美を演じる大島優子だ。かなり攻めた体当たり演技を披露していて、ちょっと前まで人気アイドルとして愛嬌を振り撒いていた者とは思えない。

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