(原題:NOBODY)とても楽しい1時間半だった(笑)。もっとも、活劇物としての筋書きには目新しさは無い。予定通りに粛々と進んでゆくだけだが、その中に常軌を逸したキャラクターを放り込むことにより、目覚ましい求心力を発揮させている。作劇のテンポやアクション場面の段取りも申し分なく、観て損の無い快作と言える。
主人公ハッチ・マンセルは、ロスアンジェルス郊外の自宅と勤務先の工場を往復するだけの日々を送る、地味な中年男だ。ゴミを出し忘れたり、妻から軽く見られたりと、その生活はあまり快適ではないように見える。ある日、マンセル家に強盗が押し入る。ハッチはその気になれば撃退出来たが、実力行使には踏み切れず、犯人を逃がしてしまう。
そんな彼の態度に家族はガッカリするが、ハッチ自身も自己嫌悪に陥り、その腹いせに路線バスで狼藉三昧のチンピラどもを信じられない体術で半殺しの目に遭わせる。実はハッチはかつて“その筋”の大物エージェントであり、今は過去を封印して平凡な市民として暮らしていたのだ。彼がブチのめしたチンピラの一人がロシアン・マフィアのボスの身内であったことから、逆恨みした組織の悪党軍団が大挙してハッチとその家族に襲い掛かってくる。
一見普通のオッサンが、怒らせたら手が付けられなくなる奴だったという設定のドラマは過去にいくらでもある。例を挙げれば、スタローン御大の「ランボー」シリーズとか、セガール御大の「沈黙」シリーズ、デンゼル・ワシントンの「イコライザー」やトム・クルーズの「ジャック・リーチャー」シリーズなど、枚挙に暇が無い。
しかしながら彼らは、出来るならば暴力に訴えたくないとは思っており、それが成り行き上暴れ回るハメになるという案配だった。しかし本作の主人公は、密かに機会さえあれば暴れたいと熱望しているあたりが、実にヤバい。マフィアとのいざこざは口実に過ぎず、容赦ない殺戮の嵐に喜悦の表情を見せる。
ヘタすればサイコ・サスペンスになりそうな御膳立てだが、ハッチ自身には得がたいユーモアのセンスがあり、また相手が殺されても仕方が無いような連中なので、陰惨さは控え目でカラッとした明るさが全編を覆う。しかも、妻はそんな彼の“素性”を知った上で結婚したというのだから、呆れつつも笑ってしまった。イリヤ・ナイシュラーの演出は活劇場面に手腕が発揮され、弛緩することなく見せきっている。
主演のボブ・オデンカークはあまり知らない俳優だが、昔の渋くて男臭いアクションスターを思わせて好印象。妻役のコニー・ニールセンや、敵役のアレクセイ・セレブリャコフも良い味を出している。そしてハッチの父親を演じるクリストファー・ロイドは、久々に水を得た魚のような活躍を見せる。とにかく、沈んだ日常を一時でも忘れさせてくれるような快作で、アクション好きには無条件で奨められるシャシンだ。