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Channel: 元・副会長のCinema Days
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「街の上で」

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 面白い。ロマンティック・コメディというのは、何も昨今の“壁ドン映画”のように狂騒的で軽佻浮薄なスキームを採用しただけのシャシンではないのだ。キャラクターと人間関係が上手く描けてこそ、恋愛沙汰(およびその周辺のあれこれ)に関して笑いを取ることが出来るのである。本作はそこを十分クリアしており、幅広い層にアピールするクォリティを確保している。

 世田谷区の下北沢に住む荒川青は、恋人の川瀬雪から突然“他に好きな人ができた”と別れを切り出され、失意のうちに古着屋の店番を漫然と続ける日々を送っていた。彼の行動範囲はかなり狭く、足が向くところは町内にある古本屋か行きつけの飲み屋、小さなライブハウスやカフェぐらいだ。



 ある日、古着屋にやってきた若い女から、自主映画に出ないかという申し出を受ける。彼女は芸術系の大学に通う高橋町子と名乗り、卒業制作として映画を撮るのだという。何となく出演を引き受けた青は、古本屋の店員である田辺冬子を“助手”にして、渡されたシナリオにある自分の役柄の練習に励む。撮影が始まるが、彼は緊張して上手くいかない。そんな中、青は撮影スタッフの城定イハと知り合う。

 青は優柔不断で気弱な男である。しかしながら、妙に人当たりが良い。だから、彼を取り巻く人々も構えずにリラックスして付き合えるのだと思う。だが、青の境遇としては“物足りない”のも確か。かといって相手に突っ込んだ関係を求めると、雪のように距離を置かれてしまう。この一種アンビバレントな心境の描写は、かなり上手くいっている。彼と関わる4人の女子も、青に対するアプローチの方法を図りかねている。結果として、唯一“友だちで良い”と割り切って付き合うことにしたイハが、彼と対等な関係を獲得するというのは、何とも玄妙で興味深い。

 監督の今泉力哉と大橋裕之によるシナリオは巧みで、雪の“浮気相手”の設定にこそ無理はあるが、それ以外はいい具合に観客の予想を裏切りつつ、ドラマは滑らかに進む。特に、大事なところで故意に場面を省略させ、次のシークエンスとの“落差”により観る者にその間の事情を想像させるという手法は(ヘタすれば映画がブツ切りになるのだが)鮮やかに決まっている。



 今泉の演出はリズムが性急ではないにも関わらず、作劇に冗長な箇所は見当たらない。会話のシーンの面白も光り、とりわけ長回しで捉えられた青とイハとのやり取りは、こちらがその場に居合わせたような臨場感とウィットに富んでいて出色だ。ギャグの振り出し方も万全で、客席からは幾度となく笑いが洩れた。

 主演の若葉竜也は今回も達者なパフォーマンスを見せ、何事も及び腰な青年像を上手く表現していた。また、穂志もえかに古川琴音、萩原みのり、中田青渚と有望な若手女優4人の演技を堪能できるのも“お徳感”が高いと言える。特に中田の仕事ぶりには感心した。そして友情出演の成田凌も美味しいところをさらってゆく。岩永洋のカメラによる下北沢の街の佇まいはどこか懐かしく、観ていてホッとする。入江陽の音楽も万全だ。

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