土村芳が演じるヒロイン像が最高だ。通常、映画に出てくる悪女というのは見るからに蓮っ葉であったり、過度にセクシーだったり、一見おとなしそうだが実は裏表があったりと、とにかく自身を高みに置きたいという野心が滲み出ているものである。だが、本作の女主人公にはそのような様子は無い。それどころか、いつも周りに“すみません”と謝っている。だが、それでいて知り合った者たちを奈落の底に突き落とす。無意識的に災厄を呼び込むという、新しいタイプの“悪女像”を提示した時点で、本作の成功は約束されたようなものだ。
玩具を取り扱う商社に勤める辻一路は、仕事はそつなくこなすが熱中出来るものが無く、成り行きまかせの日々を過ごしていた。ある晩、彼は踏切の中で立ち往生してしまった若い女を救う。葉山浮世と名乗るその女と一路は警察からの事情聴取を受けるが、彼女の供述は二転三転して、気が付くと責任が一路に押し付けられそうな気配になる。
その場は何とか切り抜けた彼だが、今度は浮世が抱えた借金を肩代わりするハメになる。それから一路は彼女に振り回されることになるのだが、実は浮世には過去に何度もトラブルを引き起こし、周囲に多大な迷惑を掛けてきたことが明らかになる。星里もちるによる同名コミックを映像化したテレビドラマを、劇場公開用に再編集したものだ。
結局、同情や共感だけで相手にアプローチしてもそれは絶対に“恋愛”には発展せず、それどころか不幸を呼び込むだけなのだ。この映画に出てくる者たちは、程度の差こそあれ、そのあたりが全く分かっていない。浮世はその極端な例である。とにかく、自身は意識せずとも相手を“その気”にさせるのが始末に負えないほど上手い。
そして、一路をはじめ職場の仲間や彼の交際相手も、本当の“恋愛”には遠い位置にいる。少し世話を焼いたり、何となく一緒にいたりするだけて、相手と恋愛関係にあると勘違いし、真相に気付いたときには大きな代償を払うハメになる。映画は彼らが七転八倒する姿を、容赦なく描き出す。その有様はスペクタクルであり、4時間近い上映時間もまるで苦にならないほどのヴォルテージの高さだ。
また、それらが総花的なエピソードの羅列には終わっておらず、終盤には劇映画らしい結末(カタルシス)が用意されているのも見事である。さらに、色恋沙汰には興味は無く全てを損得勘定で割り切るキャラクターとして、闇金を経営するヤクザを重要なポジションに置いているのは出色だ。
深田晃司の演出は粘り強く、クールでスクエアなタッチは最後まで求心力を失わない。土村の演技は見上げたもので、地味な印象を逆手に取ったヒロインの造型には驚くしかない。一路に扮した森崎ウィンは、ハッキリ言ってこれほど上手い俳優とは思わなかった。まあ、演技がヘタだったらハリウッドには呼ばれるわけがないのだが(笑)。石橋けいに宇野祥平、北村有起哉、忍成修吾と、脇の面子も実に濃い。第73回カンヌ国際映画祭“Official Selection 2020”選出作品。本年度の日本映画の、収穫の一つだ。