(英題:THE SPY GONE NORTH)見事なポリティカル・サスペンスだ。昨年(2018年)公開された「1987、ある闘いの真実」や「タクシー運転手 約束は海を越えて」を挙げるまでもなく、韓国映画はこういうネタを扱うと、無類の強さを発揮する。政治ネタを忌避し、せいぜいが「新聞記者」などという低劣な作品でお茶を濁している日本映画とは大違いだ。
92年、韓国陸軍の将校だったパク・ソギョンは、国家安全企画部のチェ・ハクソン室長の命令で、スパイとして北朝鮮へ潜入することを命じられる。表向きは軍を辞め、酒に溺れて身を持ち崩し、その後実業家として再起したという設定でプロフィールを確立し、95年に北京で北朝鮮の対外経済委員会の関係者と接触する。
やがて、パクは北京駐在の対外経済委員会の所長リ・ミョンウンと会うことに成功。リ所長は経済的に苦しい状態にある北の政府を救うため、パクが持ちかけた南北共同の広告事業に興味を示す。そしてついにパクは金正日にも謁見し、この“商談”をまとめることが出来た。だが97年の大統領選に金大中が立候補したことにより、安企部の周囲が慌ただしくなる。今までの苦労が水の泡になると察したパクは、リ所長と共に一か八かの大勝負に出る。
スパイ物に付き物のアクション場面どころか、色を添えるための美女の登場も抑えられている。主人公も二枚目ではない。それでいて、徹頭徹尾ハードボイルドで観る者を引き込む。実話を元にしているが、場を盛り上げるための創作的モチーフも多数挿入されていると思われる。実録物とフィクションの要素を高い次元で融合させた監督(脚本にも参画)ユン・ジョンビンの実力は端倪すべからざるものだ。
南北双方の虚々実々の駆け引きには息をつく暇もなく、特に“贈答品”をめぐるやり取りには、その巧みさに唸った。北側にはチョン・ムテク課長という国家安全保衛部のスタッフも加わっており、彼を出し抜くためパクは周到に立ち回るが、その段取りには無理が見られない。さらには大統領選を前にしての南北の“談合”まで俎上に載せるなど、重層的な素材の扱い方には感心する。
キャラクター設定も絶妙で、ディレンマに苦しみつつもミッションを遂行しようとするパクと、北の高官でありながら国民の窮乏を何とか救いたいと思っているリベラル派のリ所長が、不思議な友情で結ばれるくだりは説得力がある。敵役のチョン課長の意外な人間臭さも印象的だし、金正日が出てくるシーンなど、「007」シリーズでスペクターの親玉が登場する場面より盛り上がる。主演のファン・ジョンミンをはじめ、イ・ソンミン、チョ・ジヌン、チュ・ジフンらキャストは皆好演。チェ・チャンミンのカメラによる彩度を抑えた映像は効果的。“事件”後を描く感動のラストまで、存分に楽しませてくれる。