Quantcast
Channel: 元・副会長のCinema Days
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2505

「泣き虫しょったんの奇跡」

$
0
0

 面白く観た。監督の豊田利晃はかつてプロ棋士を目指したこともあり、阪本順治監督の「王手」(91年)の脚本も書いている。それだけに、題材に対する理解度や臨場感は並々ならぬものがあり、単に事実をなぞっただけの実録物にはなっていない。主要キャストの頑張りも印象的だ。

 おとなしくてクラスでも全然目立っていなかった“しょったん”こと瀬川晶司少年の趣味は、将棋だった。同級生の鈴木悠野と共に切磋琢磨して棋力を上げ、街の将棋クラブでも大人を押しのけて頭角を現してゆく。やがてプロ棋士の登竜門である奨励会に入会。しかし、それから伸び悩み、26歳までに四段昇格できなければ退会しなければならないルールによって、奨励会を去ることになる。挫折を味わい、一度はサラリーマンになるが、アマチュアの大会で活躍することによって再びプロ棋士になる夢を追い始める。奨励会を退会した後に、特例によってプロ編入試験に合格し、晴れて棋士となった瀬川自身の自叙伝の映画化だ。

 とにかく、奨励会の雰囲気の描写が出色だ。瀬川は三段までスムースに上がるが、そこから四段になるには“越えられない壁”がある。年2回のリーグ戦で上位に入った極少数しかプロの座は約束されないのだ。どんなに素質があっても、メンタル面などでほんの少し後れを取ると、実績を上げられない。負けが込んでくれば、誰からも話し掛けられることも無く孤立してゆく。

 中学を卒業してすぐに奨励会に入って将棋一筋で年を重ねても、四段に上がれないまま26歳を迎えれば、裸のまま世の中に放り出されるのだ。落伍者に関するシビアな扱いの一方、見事に四段に昇段した者に対する残された連中の微妙な屈託も丹念にすくい上げられている。

 正直言って、主人公を取り巻く(将棋連盟関係者以外の)人々が皆善意であるのは、いかにも御都合主義だ。しかしそれが決して嘘っぽく見えないのは、ドラマの核となる奨励会の過酷な実情をリアルに捉えているからだ。そこを押さえてしまえば、あとはどうにでもなる。

 主演の松田龍平は好演で、熱血漢でありながら飄々として自身を客観的に見つめている主人公像を見事に表現。脇には野田洋次郎や永山絢斗、染谷将太、妻夫木聡、板尾創路、松たか子、美保純、小林薫、國村隼と豪華な面子が揃い、それぞれ持ち味を出している。

 中でも味わい深いのは将棋クラブをの席主に扮したイッセー尾形で、将棋が好きでたまらないのに、若い頃に将棋を覚える機会を逸し、プロへの道を閉ざされた初老の男を哀愁たっぷりに演じる。豊田の演出はメリハリが効いており、淡々としているようで対局シーンでは活劇映画のような盛り上がりを見せる。笠松則通による撮影、照井利幸の音楽、共に見事だ

Viewing all articles
Browse latest Browse all 2505

Trending Articles